暮らしがあるということ
みなさん、おはようございます。
ゆっかです。
連続投稿80日目です。
実はこの三連休で家族旅をしていました。
旅行というより旅の方がしっくり来る感じの旅です。
関東から車で静岡、京都、大阪、奈良のあたりを親戚を巡りながらやってきました。
そして、今日は東大寺に行って帰ります。
そして、朝、奈良の街を散歩していて気づいたことがあります。
私は街歩きがとても好きなのですが、何が好きかって、そこに暮らしがあるのを見るのが好きなのです。
普通の暮らし。
歩きながら小さな発見をしてこれは誰がどういう思いでこうなってるのかに思いを馳せたり
そもそも普通に暮らしが成り立っていることの奇跡を感じたり、
それを支えてくれている人たちへの思いを馳せたり
そういうものを感じるとき、胸がいっぱいになるんです。
これは子どもの時から感じ、思うことです。
普通に暮らせているって本当にすごいことだなって思います。
日常暮らしているとつい忘れてしまうけれど。
そして、今公務員という仕事をしている意味も、それをより心から感じるためなんじゃないかなとふと思ったりしました。
逆に例えば災害が起こったとき、公務員として働く仲間が、地域の人が支えてくれることが、そのありがたさが身に染みて分かるけれど、
それは普段からそういう人たちが支えているからです。
もっといえば、全ての人、一人一人がそういう存在なんですね。
改めて普通の暮らしがあること。
本当にありがたく感謝です。
そんなことを思った奈良の朝でした。
以上、本日もお読みいただきありがとうございました。
今日も最幸の一日にしましょう!
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