雪の肖像

昔、先生に
美しいと思うものを聞かれた
芥川(龍之介のこと)は雲と言ったとも言われた
私は、「みんな」がどう答えるのか、やけに斜に構えて
どこか自分事では無いような体をして
初めて文学的に自分と向き合った

花、朝、夕暮、マグカップ、遠くにあるもの
それぞれの言う美しいものが
痛いほどわかって
わかればわかるほど
自分の用意した答えの的外れを知る

ただそれが自分であるのだと
諦めるように意識したのが
その瞬間であったのか
いやむしろ、それまでに積み重ねていた思いが
また一つ、石を積むように重なったのだ


雪の降る冷たさ

それは自己の矮小さを外圧的に閉じ込め
溶け出した自己と混じり合う世界の
あのせめぎあいの内で
肌すらも通り抜けた寒気が

私の形を思い起こさせる
その美しさ

私はそれを春の訪れとは全く別の
冬の美しさだと思う

冬を思うとき
雪を思うとき

私の体の中には
あの美しい時間の中で
確かに知覚される
自己の熱を思い出す

あの小さな震えが
影響し
溶け出し
溢れ出して詩になる
言葉になる

そのことをわかる誰かを
あの瞬間に求めた
口に出したそれは
雪にこだまする。


雪の肖像
雪屋双喜
2025.1.29

芥川龍之介を例に出したのは、当時彼の作品を授業で扱っていたからかと記憶します。蜘蛛の糸、という年齢でもなかったから、トロッコなり羅生門なりを説いたのでしょう。

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