あなたに向けて最後の詩を書く あなたのいないこれからの世界で あなたのいないここからの時間で ぽつんと見たことも ぱりっと聞いたことも ぴかりと触ったことも ぺろんと嗅いだことも ぷくっと味わうことも ぜんぶ詩にはなりきれずに ぜんぶ言葉のままであなたを探す 寂しいなあ あなたのいた世界を向いて あなたの描いた時間を向いて ぽつんと ぱりっと ぴかりと ぺろんと ぷくっと どこまでも青いままの空を知ってる 寂しいなあ あなたの描いた言葉が私を掬って その詩をなんで
忙しさの中で無理に書いている(雑になっている)気がするので2ヶ月くらい何も書かないことにします。年内には戻ってくるかもしれません。本とかたくさん読んできます。おすすめあったらコメントください。たまに見に来ます。雪屋 追 寒くなるのでお気をつけて
借りた傘を返す不器用さが、彼女にまだあった頃。 見に行った海の色を、鮮明に覚えている。 月の欠けた夜の海を、冷たく乾いた砂の上。 並んで見ていた。 今はまだ、思って見た横顔が遠くを見ていた。 視線の先を知れないままに、夜が暗く、深く。 僕の夢が醒めるほど、暗く、深く。 詰まる言葉も、縋る想いも、今はただ。 隠しておける場所を、心とか呼ぶ。 その場所をやっと、見つけてしまった。 くらげ 雪屋双喜 2024.10.6 言いたいことを伝えたくなくて。
雨の日に気分が落ち込むことなんて、生まれてから一度もなかったと思う。外で遊べなくても体育館でのドッチボールも好きだったし、舞台裏の暗がりに息を潜めて隠れた昼休みや放課後も、たぶん行き過ぎて怒られたけど、大好きだった。時々、夢を見る。あの頃、雨の中で歩き回った身近な場所をまた彷徨う夢。舞台の上の埃を被った葡萄棚を這いつくばって進む。天井は見えなくて、底抜けに明るい。一人で二三秒進み、落ちる。校庭に飛び出し、鬼ごっこをする。顔の見えない友達が笑顔で追いかけ、逃げ回る。楽しい、底抜
手を挙げた子どもを待つような、悪戯に創り出した沈黙を無心に気遣う、ありきたりで退屈な、夢を見るような、窓際に凭れた、雪を見つめる、寂しく切なく苦しく、見栄を見切れず、成功を軽蔑した、不出来な心。 百日紅の散るまで傍にあり、枇杷の実るまで傍にあり、楠の枯れるまで傍にあり、風を待ち、雲を呼び、一握の砂さえ友として笑い、人を憎み、惜しみ、恨めしく思い、空虚な自分と嘆くような、傲慢な心。 咲く、指の先を暗闇に伸ばす、一瞬の、葉音の、小さな重みの、弾けた気泡の、雷鳴のあとの耳
透明な、雪の降る寒さの、静かでいて、確かな、読み手が初めて世界から見つけるような、石の転がるような、人間臭く、風の吹くように高尚で、どこまでも碇を沈めていく、夏の暮れのような文体。 気がつけば全てが見えるような、丘の上に立つ木の上に独り登っていく、晴れた空の下で手を翳してもっと遠くを眺めるような、雲を遠くに感じたままに笑ってしまったような、巫山戯た文体。 感情を見出した喜びを無添加に切り出した、痛みを伴った、濡れた子の掌のような、小さく柔らかく、命全体を包み隠さず差
無明を美しさの窓として描きだした左手を 傍で見ていた数のない色たちが 自分と戦わずに自分を味方にした 個性 谷筋を清く流れる白糸を 唯追う試みの狩人 翳る冷気 一瞬の後に崩れた光を 吞込んでまた先刻 ジッと忍ぶ 科学された不幸を 苔の若く待つ時代 幼気な嫌気 風雪の凪を 何と呼んだか 乾く 個性 雪屋双喜 2024.9.13
私はきっと、人間とか人類とかを尊敬できない。遠くで殺し合いが起きてても、近くで飛び降りて自死してても、焼肉食べて笑顔になって、酒呑んで喜んでる、あんなのを、きっと好きにはなれないのだろう。自分もその中の個体で、気がついて泣いて腹が減ってまた食べる。繰り返して、繰り返して、繰り返して、何年生きたのか分からなくなった。その間に人を愛して、愛されて、気紛れに愛を誓ううちに、自分 自分とはつまり空っぽだ。何年か前にそう書き殴った私は、そう信じていなかった。九月になった。夏が終わ
歯磨きの歌 わしゅわしゅ しょっしょっ はしゃはしゃはしゃ いつもはスマホを片手に持って デジタル時計に急かされるけど 今日の私は一味違う 少しの余裕を持っている 鏡を見ながら歯を磨く いつもと変わらず歯を磨く わしゅわしゅ しょっしょっ はしゃはしゃ はしゃ こんなところにえくぼあったんだ わしゅわしゅ しょっしょっ はしゃはしゃ はしゃ 私の瞳ってキラキラしてるな わしゅわしゅ しょっしょっ はしゃはしゃはしゃ こんどはゆっくり はしゃはしゃはしゃ
思わないでいられたら 私はなくなってくれて。 動かないでいられたら 心はなくなってくれて。 身体をもたない 非存在の点の集合としての自然な主体だけが残り 風か雨か 削ぎ落とされていった自己の欠片が食べることも拾い集めることもできない細かさで散らばり 朝なら日に 夜なら月に照らされて ぱっ、ぱっ、ぱっぱっぱっ 光るのだ。 私は私でなくなったその空間で 時間の必要ない空間で 全ての心地良い自然の中にあって やっと 遅れることなくそれを眺める。 そ
今日、白い百日紅が咲いていました。涼しい風を探しながら歩いた十五分先に、雀避けの凧と、田を渡る夏風と、あの不思議な香りのする、白い花が咲いておりました。 詩を描くんでしょう。あなた、詩を描きにいくんですね。私はまだそちらへは行かないけれど、行くつもりも決心も準備もせずに背を向けて、この世界を卑屈に見つめているだけですけれど。今日、あなたが詩を描きにいくと聞いて、なんだか書かなくてはと思えたのです。 詩を描きにいくなら、安心です。自分に、他人に、景色に、季節に、色に、風に
光を肌にのせて寝転んだ。 虫の飛ぶ像が心地よく頭の中に響く。 緑がこの全身を失くした存在として包み込む。 無い点の歪な身体が集合の外から世界を眺める 夢の中で触る現実を昼間にふと立ち上げて、 離れようと足引く反転の一拍をめがけ射た。 水面の音を遅れて聞き、 なぜかしらん。揺らぎを寂しさと強がる。 庭の植木に落とした雫。 自我よりも早く樹になっていた。 七年目に漸く実った小さな草臥れた枇杷。 両手を広げて私が食べると勇んだあの味。 思い出せない記憶の棚に踏み入る。 集密書
綾羅錦繍を抱えていた ただ一つとして名も知らぬ異国へらいら 委曲をつくせど動かぬ指を 雪に触れさせ紋を切る 最良の瞬間に着飾る不幸 最良の瞬間を着飾る不幸 くすんだ青を引っ搔いた生傷を 今も春と呼ぶ世界と犯し合う一孤独の海で 日焼けの後の皮膚の苛立ちへくいら 死力をつくせど変わらぬ花よ 雪に向かいて紋を切る 最良の瞬間に着飾らぬ不幸 最良の瞬間を着飾らぬ不幸 過去を悩みて尽くせど消えぬ 痛みにも似た静かな安堵 空似と願いと届けとよ。 河 雪屋双喜 2024.7.3
無作為な個を一つ一つ赦していったその先に 私さえもいない透明な感情があって 無音や無風や無色と同じ、何処か寂しく整っている 水銀よりも深くを歩く目的意識の欠片を落とした 日々の中にまだ今日がいて夕暮れ色に滲み出る 昨日の私は息を吸う。昨日の私は息を吐く。私は息を吸う。私は息を吐く。息を吸う。息を吐く。息を。息を。 生きているというただそれだけが 引き算しようのない確かな愛が 眩しくて、眩しくて どうしてか赦せない 息をしたその瞬間だけ 手で覆ったその向こうにスリットア
「感想」より「詩」について 「詩」に共感しろ、と言うのは土台無理な話であるように思います。詩は手を動かして成るもので、脳で考えて書くものではないですから。詩は小説とは違い、脳が手に直接に働きかけ、手が脳に直接の感覚を共有するものです。だから、詩は特別な人のみが描くものではありませんし、小説を書く時ほど思想を強く意識せずとも詩は簡単に描けます。詩が詩であるというのは単に、詩が描かれたものであるということだからです。しかし、だからこそ人は詩を描き、鑑賞し、肉体的感覚として楽
十九になった。寂しさの混じったお祝いに家から少し離れたコンビニで買うチューハイで乾杯する。罪悪観のゆらぎと同時に流し込んだ酔いが、腹の奥で、死に向かうだけの身体をぐつぐつとせせら笑う。 映画で見た将来はもう少しヒロイックで、ニヒルな無衝動を持っていたし、漫画で読んだ未来には俺みたいな奴が変わろうと藻掻いていたりした。缶の底に残った液体を掌に少し出して眺める。水よりも鈍い光の表面を東京が揺蕩う。 遠くで今も人が死ぬ。無関心と名付けたそれが存在することを許した人間。いじめな