アルケミスト
人が最も美しいのはどんな時だろう。好きなものを語る時?笑顔の時?黙っていた方が美しいかもしれない。私はね、驚いている時が一番美しいと思うんだ。
基本情報
パウロ・コエーリョと言ってすぐに分かるなら、あなたはここを飛ばし読みくらいに読んでくれて構わない。彼はブラジル人作家。私が紹介する本は彼の著書の中でも世界的にベストセラーになった一冊だ。
題名は「アルケミスト」。
羊飼いの少年サンチャゴの、夢を叶える冒険の物語だ。少年はアンダルシアの平原で長い時間を羊たちと共に過ごしてきた。しかし、少年は最近くり返し同じ夢を見る。その夢は、砂漠を越えピラミッドを目指せと少年に訴えるものだった。やがて少年は不安を抱きながらも夢を信じ旅に出る。
「前兆に従うこと」
「何かを強く望めば宇宙のすべてが実現するように助けてくれる」
「心の声を聞き逃さないように」
少年は多くの人と出会い、世界を知り、人生にとって大切なことを学んでいく。そして少年は、錬金術師に出会う。
自分の話
私がこの本を初めて読んだのは、10にならない頃だった。と思う。その時受けた印象は今でもよく覚えている。なんでもできてしまいそうな自信と、世界に祝福されているような心地よさと、まだ見ぬ夢を心待ちにするようなそんな照れくささ。
視線を上げて大空を見るように、私はそれまでに自分が見てきた世界の小ささに気づいた。笑ってしまいそうだった。だって世界はこんなにも私の想像を超えて、それ以上に素晴らしく広がっていた。
夜が来て、また日が昇り朝が来る。小鳥たちが歌い、風と木の葉がそれを楽しむ。そのことが堪らなく愛しかった。この世界は命に、声に、光にあふれていた。そのことに生まれて初めて気づけたんだ。
触れて
本を読んで、言葉に触れたなら、言葉で返すのが詩書きだと思う。少し付き合ってくれ。
人にとって最も大切な瞬間を、仮に生まれてくるその時だとか反対にこの世を離れる瞬間だとするなら、それは個人にとって大切であるだけで、命一つ分の重みしかないだろうな、と思う。自分が死んでも、周りが生きて、そのことを素直に憎んだり喜んだりできるだけの余裕と十分な想像力があれば、人は最も大切な瞬間を、隣にいる誰かに捧げられるだろうか。
僕らを包み込む感覚の外の液体は、今日も静かに回って、遠くのだれかの声を届ける。画面の向こうで消えていく命は、街を歩けば点滅してる信号のようなもの。当たり前で、ありふれている。そんなことを許せないから書いていた。涙が止まらないから、詩にした。
美しい、本当に、まっさらな紙よりも更に白いような、そんな言葉を描きたい。それで誰かが明日を生きる手助けができたら良いなと口に出してみる。風がそれを笑う。だから僕は空を見上げる。空だけは、僕の想像を決して超えないから。
世界は、醜い、汚れ切った、不平等で不均等で不完全で不思議な場所で、僕らが夢見たまさにそれなんだ。子供は自分の未来しか描けない。大人が描くのは過去の先にある未来。理想と呼ばれる未来は結局のところ誰の得にもなってないのかもしれないね。それでもさ、いや、だからこそ。
私は、言葉で生きていく。
夢を語ることはきっと、自分にとっては怖いことで、誰かにとっては必要もないことだから馬鹿にするのも簡単なことで、だからみんな口を閉ざしてしまう。ネットにあふれる言葉に夢を、未来を語るものがどれだけあるだろう。理想を語れないヒーローにロボットの代わりは務まるだろうか。
それでも、みんな死ぬまで必死に生きるしかなくて、今日という日をなんとなく生きていく。変えるなら今だ。
世界を、夢見ろ。
私はアルケミストに教わった。私に勇気をくれるのは、アルケミストだ。
2021.11.29 雪屋双喜