もっと抱きしめてやればよかったタロウのこと①
タロウのことを思い出す。
タロウは私が教員3年目に担任した男の子で、当時は小学1年生。
今は高3になっている。
そろそろ卒業やな。
3月になって、余計にタロウを思う。
タロウはヒョロんと背が高くて、
運動神経がめちゃくちゃ悪いくせにやたらと動き回る、可愛い顔した男の子。
じっと座っていられない。
気になることがあると騒ぐ、動き回る。
機械的な計算問題は得意やけど、
読解問題や、相手の気持ちを想像する問題が一切できないので、算数の計算の時間以外はほぼほぼ教室の中をウロウロ。
“いらんこと”は全てやる。
すぐ友達とトラブルになる(基本的に意地悪)。
そのせいで周りの保護者にも
厄介者扱いされている。
でも、
ほんまは人一倍優しくて、
人一倍仲間思い。
(それをうまく表現できないだけ...)
1学年7組まである、市内一のマンモス校にいた私は、学年の中で1番若手のポジション。
誰にも言えないことやったけど、
当時、タロウが抱えているものは
年齢に相応しくないほど重たかった。
母は双極性障害やけど(乖離もあったかも)、
いろいろな支援が足りなくて治療を前向きに受けられない。
父は母と離婚するべく、調停離婚の意思が固い。
タロウの母は、
一学期、よく1人で学校に来た。
『タロウさんは、
学校でもほんまに頑張ってる。
苦手なことにも前向きに挑戦できる子です。』
少し盛って
タロウのことを褒めると、
母はほんまに嬉しそうにゆったり笑った。
『今日、私、先生に会いに来てよかった』
15歳以上年下の私に
そう言ってくれる母。
私は今よりずっと若かったから、
子を持つ母の気持ちなんて分からなかったけど、でも、あの時の母の顔は今も忘れない。
(もちろん、
タロウは私1人で抱えられるほどの子(親も)ではなかったので、学校全体や福祉関係も入って対応していた。)
二学期半ば。
タロウの家に警察が入って
一悶着あったと聞いた。
あとで父に聞いた話では、
母が家の中で錯乱状態になり、
『今から飛び降りて死ぬ!』と大騒ぎし、
それを止めようとした父の頭にオレンジジュースをぶちまけた。
タロウはその時、
『お母さんが悪い!お母さんが悪いんや!!!』と泣き叫んでいたと言う。
その、死ぬや死なんやの騒ぎの中でようやく警察が来て、どうにかこうにかおさまったらしい。
タロウは自分で警察に、
『お母さんがお父さんの頭に、オレンジジュースかけてた!!かけてたんは、お母さんや!!』
そう言ったと。
大好きな母のことを
警察にそう悪く伝えたことを
彼が記憶から消去したまま成長できていたならどんなにいいかと、今も思う。
でもきっと、彼は忘れていない。
オレンジジュースの思い出と共に。
『悪魔みたいな父親がタロウを奪おうとしている。父親は営業マンで口がうまいから、だまされないで!』
母は私に会いに学校に来ては、そんな話ばかりをするようになっていた。
そのうち、いつのまにか離婚が成立して、
ムスコへの接近禁止命令が下りたと聞いた。
『ムスコに会わせて!先生は分かってくれるでしょ?私の気持ち、分かってくれるでしょう?!ねぇ、先生!』
そう言いながら、
ひたすら会わせてほしいと電話で懇願された時は、ただ心が震えた。
タロウは自分自身のしんどさだけでなく、愛されることにもしんどさを持っていた。
タロウは
私の言うことも、友達の言うことも一切聞かないくせに学校が大好きなので、家に警察が踏み込んだ時も、翌日たった1日休んだけで、次の日から何食わぬ顔で登校して来た。
いつもと変わらず意地悪で、
私にまとわりついてスキンシップを求め、
ひたすらベタベタしまくっていた。
他にもほんまにほんまに
いろんなしんどさを抱えた子がいた37人クラスの中で、私はひたすら追い詰められてた。
手が回らない。
心が回らない。
助けてほしい。
いろんな先輩にいつも相談していたけど、
優しい、技術力のある先輩たちは皆、
『話は聞いてあげられるけど、
それ以上は助けてやれんで、ほんまごめんな』
そう言っていた。
私はなんやかんや言っても、
最後まで“学級崩壊”はさせなかった。
なんやかんやありながらも、
不思議とクラスの子供たちが楽しそうに生活していたからである。(そうじゃない時もたくさんあったけど)
だから、誰の手も入らない、助けも入らない。そんな不思議な空間がそこにはあった。
“学級王国”
その冷たくて悲しい言葉は、こういう時のためにあるのかと思った。
そしてそれは意地悪ではなく、
学校というところが、ただただそういう組織やからそうであっただけ。
私は必死にクラスを保ってたし、
うちの比じゃないほど
崩れ切ったクラス(学級崩壊)が他にもいくつかあったので、私は完全にノーマークやった。
私はほんまに、一人でよく頑張っていたと思う。
そんな毎日の中で、私は
タロウを心から抱きしめてやれなかった。
私はひたすら、疲れていた。
〜続く〜
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