日本は科学力の衰退に歯止めをかけられるか?
日本は過去には科学・技術の分野では世界有数の国家だったと言えるでしょう。しかし近年では、その勢いに陰りが見えつつあると言われています。例えば引用数の高い、すなわち重要だとみなされている科学論文の世界シェアは、過去約20年で大幅に下落しています(図1)。
中国が躍進する一方、日本が急激に下落していることがわかるかと思います。重要なのは、イギリスやドイツといった他の先進国がほぼ横ばいである中、日本だけ「一人負け」の状態になっていることです。
こうした状況は他国の注目するところでもあるようです。
イギリスの科学誌「ネイチャー」は、3月9日の号において、大規模な「日本特集」を行っています。
この特集では、色々な分野の優れた日本人研究者を個別に紹介するとともに、日本の科学研究の動向を分析しています。今回は、ここで掲載されていた8つの記事について、その内容を簡単にまとめてみたいと思います。
1. 日本の研究衰退は転機を迎えている?
2. 日本の科学はいかにして研究力を回復させようとしているか
3. AIが世界で注目される中、日本のロボット産業は遅れている
4. 日本の研究力を支える
5. 日本の学問的な強みがどのように変化していくのか
6. 10兆円の大学基金で研究成果は上がるか?
7. 日本のPhDポテンシャルを解放する
8. 日本を代表する国際的なパートナーシップ
1. 日本の研究衰退は転機を迎えている?
Is Japan’s research decline turning a corner?
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00656-3
・過去10年間、日本初の質の高い研究は減少し続けている
・しかし、2019年以降は改善の兆しも見られる
・「10兆円ファンド」が導入されることへの期待と懸念
・ロボット工学のハードは優れているが、AI分野で後れをとっている
2. 日本の科学はいかにして研究力を回復させようとしているか
How Japanese science is trying to reassert its research strength
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00657-2
・日本の科学研究力の低迷には下げ止まりの兆候もある?
Nature Index における貢献度評価では2019年から2020年は複数分野で上昇
・2015年に設立されたAMED(日本医療研究開発機構)への期待
・国際協力は学術界・産業界とも拡大しつつある
・現在の主要な課題は予算の低迷と博士課程進学者数の減少
3. AIが世界で注目される中、日本のロボット産業は遅れている
Japanese robotics lags as AI captures global attention
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00668-z
・日本はロボット工学(精密機械等)の分野で世界を牽引していた(80年代~00年代まで)
「機械が好き」という国民性(ドラえもん、鉄腕アトム等)
→ ホンダASIMOなど
・しかし、近年はAIの分野で後れを取っている
AI・ロボット研究分野でのNature Indexのシェアは現在世界7位
原因:Google や Amazon などのメガカンパニーがない
政府は大学等にこれらの企業に匹敵するような予算を出せていない
・日本の大学のロボット研究は機械工学科で行われており、コンピュータサイエンスと連携できていない
・「ロボットが好きだから」と応用を考えずに研究を行うことが幅を狭めている?
・トップダウンで保守的な文化と相性が悪い(大学・企業とも)
例:コンピュータ言語の授業でいまだにFortranが教えられている
・改善の兆し
国際専門職大学(IPUT)の設立など、産業界と学術界の連携強化が進みつつある
4. 日本の研究力を支える
Shoring up Japan’s research performance
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00666-1
・国立大学の法人化以降、大学の研究者は事務作業の負担が増加した
・ハーバードの教員は東大とほぼ同数だが、それを支えるスタッフの層がずっと厚い
・日本の大学には(欧米と異なり)「寄付金」を集めるノウハウがない
・運営交付金の削減の問題
・若い学生や研究者が海外に出なくなっている
・10兆円ファンドへの期待と懸念(政府による介入等)
5. 日本の学問的な強みがどのように変化していくのか
How Japan’s disciplinary strengths are shifting focus
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00667-0
・化学と物理科学を合わせると、Nature Indexにおける日本全体のシェアの4分の3以上を占めているが、国際的に見ると中国と韓国に後れをとっている。
・生命科学はアジアではトップ
・国際シェアは多くの分野で近年低下傾向にあるが、高分子・材料化学など一部は上昇傾向
6. 10兆円の大学基金で研究成果は上がるか?
Will Japan’s new ¥10-trillion university fund lift research performance?
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00665-2
・日本の科学力の低迷の背景のひとつには、予算の問題があると考えられる
・現在日本では10兆円のファンドを設立し、その運用益を複数の大学に割り当てる計画が進んでいる
・年間3000億円を「優れた」複数の大学に配分する計画だが、既に潤沢な資金を得ているであろう機関にさらに追加するのは妥当なのか?という疑問
・大学の組織改革が必要なのではないか
・教授会などの会議に時間がかかりすぎる
・教授から学生までのヒエラルキー構造が若い研究者のキャリアを阻害している?
7. 日本のPhDポテンシャルを解放する
Freeing up Japan’s PhD potential
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00659-0
・日本の科学界では、博士が大学教員に比べ多すぎて「余って」いる
・1996年以降の「ポスドク一万人計画」により博士取得者が増加
・しかし産業界の受け皿の不足などにより、高齢までポスドクを続けている人が多数出ている
アメリカでは、博士号取得者の40.2%が民間企業に就職しているが、日本では14%に過ぎない。
・大学等における階層構造がキャリアを妨げている
助教は教授のテーマに従事することが求められ、自由に研究を展開するのが難しい
・女性が少ない(博士号取得者の21.5%)
・環境面での問題;大学に育児支援や授乳スペースなどがない
・東工大など、クオータ制の導入により改善が期待できる?
8. 日本を代表する国際的なパートナーシップ
Japan’s leading international partnerships
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00658-1
・日本の最大の研究パートナーは米国。次いで中国、ドイツ、英国
・中国との連携は増えつつあり、分野によってはトップ(化学など)
ざっとこんな感じでしょうか。
日本人としては特に目新しい発見があるような記事ではなさそうでしたが、他国からもこの状況は関心の対象ではあるのだなと思いました。特に「10兆円ファンド」については、吉と出るか凶と出るかわからないという意味でも、注目が多く集まっているようですね。
(参考)大学10兆円ファンド、支援は異例25年間 事業規模倍増へ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE307QH0Q2A830C2000000/
ここからはあくまで個人の感想です。
私は、日本の大学も学生も、実力としては決して海外に引けをとるものではないと思っています。むしろ優秀ですらあると思います。それでも最近研究力が低迷しているのは、お金の問題以外に、従来の日本式の研究スタイルが現代社会と相性が悪いからではないかと思います。
ネイチャーの記事が指摘しているように、上意下達のピラミッド的権力構造は、権力的に下位の人間が独自の才気を発揮することを難しくします。そして、いくら優秀な人と言えど、年をとると新しいことを学ぶのが難しくなりますので、教授の権力が強い組織は新しい技術の取り入れなどの面で柔軟性に欠ける部分が出てくると思われます。
こうした「日本式」のやり方も、かつては功を奏していたのでしょう。つまり「ある程度方法論が決まっている分野で効率よく成果を出す」場合や「ハードワークで多くの成果を出す」場合に有効なのではないかと思います。さながら軍隊のように統制がとれ、猛然と働く組織は、昭和後期の社会では絶大な力を発揮したでしょう。
しかし、今は令和です。長時間労働の強要もNGとなり、多種多様な技術がどんどん新しく開発されてくるという現代の状況では、こうした形の組織では対応が難しいのではないかと思います。
ただ、2019年以降は若干の改善の兆しが見られると書かれているように、新しい世代の流入とともに、状況は徐々に改善してきていると思われます。この新しい時代の価値観に、ようやく人々が適応してきたとも言えるかもしれません。鍵を握るのは、Z世代等の若手世代がどう動いていくか、そして彼ら若手世代の長所を上の世代がどう生かしていくかだと思います。
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