短短短小説2 「そうか、僕は」
「そうか、僕は」
父親となり15年目、子供たちが少しずつ大人の真似事をしてくる年頃。
もうすぐ反抗期を迎える年頃。
自我がより見え始める年頃。
子供の成長を感じることが僕の幸せ。
朝、リビングに2番目にたどり着く。
1番目はいつも妻がリビングにたどり着く。
料理が好きな妻は朝から料理をしている。
ありがたい事だ。
僕のモーニングルーティンはコーヒーを飲みながら
新聞を読みながら
テレビでニュースを聞きながら
朝の空気を存分に味わうのが僕の日課。
そんな時間を味わっているとバタバタと2階からうるさい音が聞こえて来る。
僕の娘だ。
「なんで起こしに来てくれないの!?」と毎日慌てた様子で階段を降りて来る。
そんな娘に母は「何回も起こしに行ったよ!」と毎日聞き慣れたキャッチボールが聞こえて来る。
「あぁ今日も朝の空気が充満しているなぁ」
と心の中で思っていると出勤時間が迫っている事に気づき僕も慌てて仕事の準備をする。
パジャマを脱いで
スーツを着て
ネクタイを、、!
あれ?いつもの場所にネクタイがない…。
「ママ!ネクタイはぁ〜?」
妻は洗い物をしている。
「ママー!ネクタイ!」
まだ洗い物をしている。
「ママー!聞こえてるー!?」
返事が来ない。
どうしたんだ?妻は…
仕方ない忙しそうにしてる娘に聞いてみよう。
「っつ!…」
あれ?声が出ない!
「…」
あれ、、
視界がぼやけて来る。
あれ、、
まぶたが重くて目が閉じてしまう。
「仕事に行かなくては行けないのに!」
…
…
…
…
再びまぶたを開けるとそこには病室らしきベッドの側で妻と娘の後ろ姿があった。
すぐに伝わったのは雰囲気が重い。
そして、後ろ姿からでも分かるくらい妻と娘が泣いているのが分かる。
一体どう言うことなのだ?
僕は2人に話しかける。
「どうしたの?」
「…」
返事がない。
泣いているから仕方がないかと思い僕はベッドの側まで歩み寄る。
そこで気づいた。
ベッドで寝ているのは僕だった。
僕は死んだのか?
一体どう言うことなのだ?
思い出せない…。
そんな僕の思いが通じたのか娘が一言呟いた。
「あの日、お父さんに車で学校まで送ってもらう事を頼んでいなければ…」
泣きながら息遣いが荒くなりながらも発した一言に僕は思い出した。
「そうか、あの日体育祭で係員だった娘は普通の生徒よりも早く集合しなくてはいけないのに歩きでは間に合わない時間に起きてしまい僕に頼ってたんだっけ」
そこで僕は娘を学校まで送り会社に向かっていた。
仕事までの道中で信号が赤から青に変わり進もうとした時、左から来るはずもないトラックと激突した。
だんだんと記憶の整理がつき始めた頃、娘がまた一言呟いた。
「あの日私が寝坊しなければ車をお願いすることもなかった…そしたらお父さんは事故することもなかった」
娘は泣きながら言う。
「違うよ!私が車で行けばよかったの!私が行けばお父さんは…」
妻も泣きながら言う。
そうか、僕は…
そうか、僕は…
そうか、僕は…
死んだのか。
夢で見た朝の空気はもう吸えないのか。
上を見上げると御光が差してきた。
天が僕をこちらへ導いている。
あぁ天よ神様よ
どうか少し待っては貰えないでしょうか?
もう少し子供の成長を見守らせては貰えないでしょうか?
僕の妻を護らせてくれないでしょうか?
まだ僕はそちらには行けない。
家族を守るために。
〜完〜
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