場所と哲学 ー Yi-Fu Tuanから考える

「場所」と哲学の交差点

「場所」に関する研究は、地理学、社会学、人類学、都市計画学など、さまざまな分野で行われてきました。今回は、特に哲学との関わりについて考えてみたいと思います。まず前提として重要なのは、場所を単なる物理的な空間ではなく、より広い存在として捉えることです。つまり、その場所にいる人々の経験や感情、意味付けも場所の一部であるという点に注目します。

歴史的な背景を簡単に説明すると、1950年代頃から地理学を物理学のような「科学」にしようという動き(計量地理学)が活発になりました。この動きでは、場所を定量化し、モデル化し、統計的に処理することで「客観的」に説明することが重視されました。この流れは、現在の地理情報システム (GIScience) にもつながっています。一方で、この流れに異を唱えたのが、1970年代の地理学者 Yi-Fu Tuan や Edward Relph でした。彼らは、場所の物理的特徴だけでなく、そこにおける経験や感情を重視した研究を試み、現象学 (phenomenology) や実存主義 (existentialism) といった哲学的な視点を取り入れました。この領域は、地理学の中でも人文主義地理学 (humanistic geography) と呼ばれます。

計量地理学と人文主義地理学の大まかな比較

Yi-Fu Tuanについて

まず、人文主義地理学者として名高い Tuan の研究を紹介します。彼の代表的な著作である "Space and Place: The Perspective of Experience" について見ていきます。この本の和訳は、山本浩氏による『空間の経験―身体から都市へ』として出版されています。本書で Tuan が特に強調しているのは「経験」の重要性です。場所を理解するためには、そこにおける人々の経験を理解することが不可欠であり、場所のアイデンティティはその経験から生まれると説いています。これは単なる定量的な分析では捉えきれないものであり、経験を通じた理解が必要であることを Tuan は力強く主張しています。

第1章で、Tuanは興味深い逸話を紹介しています。ボーアの原子モデルで知られる科学者ボーアが、ハムレットの舞台として有名なクロンボー城を訪れた際の話です。ボーアはこう述べています。

ハムレットがここに住んでいたと考えるだけで、まったく印象が変わるのは不思議だよね。科学者としては、この城の材質や設計に目が行くし、ハムレットが実際に住んでいようといまいと、その事実には影響がないんだけど、彼がここにいたと思うだけで、城壁や中庭が全く違うものに見えるんだ。まるで『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ』というセリフが聞こえてくるかのように。

Tuan (1977) p. 4. を元に筆者訳

この逸話を通じて、Tuanは、場所の物理的特徴に加えて、個人が持つ知識や思い出、感性が、場所そのものの在り方をどれほど変えるかを強調したかったのです。

今回は、場所と哲学がどのように結びついたか、そして人文主義地理学者であるYi-Fu Tuanの考えについて紹介しました。次回以降は、Tuanの思想をさらに掘り下げ、現象学や実存主義との関連を考察していきたいと思います。

※本稿は個人の研究過程において執筆したものであり、内容に誤認や誤情報が含まれている可能性があることをご理解いただければ幸いです。

参考文献

Tuan, Y.-F. (1977). Space and Place: The Perspective of Experience. University of Minnesota Press.

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