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ラーメンと戦う男

とあるラーメン屋からひとりの男性が出てくるのを目にした。身長180cm、体重70kg台の半ばといったところだろうか。

ひたいから頬を伝う汗、紅潮した顔、そして狩りを終えたような鋭い目つき。全身から湯気のような熱気が立ち上っていた。
それはまるでボクシングでいうところの、12ラウンド(フルラウンド)の死闘を終えたあとの雰囲気だった。

フードファイター(和製英語)と呼ばれる早食いや大食いをする人たちがいるように、世の中においては食事をひとつの競技としてみることがある。

たとえば、『元祖わんこそば全日本大会』のように制限時間に何杯食べることができるかを競い合ったり、特大メニューを指定時間内に食べきると、代金は無料になる挑戦などが各地でおこなわれている。

日本のみならず海外でもこのような大会が開催され、アメリカでは団体と契約を結ぶ選手がスポーツ選手として扱われることがあるようだ。ホットドッグの早食いなどが有名だろう。

さて、先ほどのラーメンを食べ終えた男性。彼もまたラーメンとボクシングのように格闘をしたのだと推測される。
いや、そうにちがいない。でなければ店から出てきたときの、あの並ならぬ雰囲気の説明がつかない。

ぼくはそう思い、その戦いのようすを想像してみることにした。


まず、器には富士山のように盛られた野菜と麺、そしてチャーシューがたたずんでいる。元々、量が多いことで知られるこのお店(二郎系ラーメン)では、野菜やニンニクの量を増やすこともできる。その日のコンディションや腹の減り具合によって食べる量は変わるからだ。ただし食べ残しは厳禁。あくまでも食べられる範囲で注文をしなければならない。

ゴング開始の直前、目の前には対戦相手(ラーメン)が待ち受けている。相手からは熱気が放たれ、スープの温度も高く感じる。メガネをかけていればたちまち視界は湯気で覆われてしまうだろう。非常に危険だ。

男性は五感を研ぎ澄ます。
目で相手を捉え、どう攻めるかを考える。スープに口をつけるか、いきなり麺をすするのか、それとも野菜から手をつけるか。チャーシューを相手にするのもいいだろう。出だしはその日の戦いを左右するといっても過言ではない。

この日は野菜から攻めることにした。

開始早々、試合が動いた。
野菜を口の中に運び入れようと器に顔を近づけた瞬間、鼻に強烈なジャブを喰らった。ニンニクのツンとした香りが嗅覚を刺激したのだ。一瞬、驚きはしたがこの刺激がさらに食欲をかきたてる。
やってやろうじゃないか。

勢いよく野菜と麺を口の中に放り込む。歯でガシガシと噛みしめ、舌で存分に味わいつくす。チャーシューは一度で仕留めずに少しずつ、確実に食らっていく。半固形の状態のままで飲み込んでいく。
触感も味覚も冴えわたり、じわじわと相手を追いつめていくのだ。

「ズズズッ、ズズズッ」。
クリーンヒットのような麺をすする音が戦いのボルテージを上げる。聴覚も次第に鋭くなっていく。しかし、セコンドにはだれもいない。この場にいるのは自分だけだ。店内のBGMもほかの客の話し声も気にすることなく、ただひたすらに相手の息づかいに耳を傾ける。


当然ながら相手もそう簡単には屈しない。こちらのガードが甘くなり少しでも気をゆるめて麺をすすろうものなら、一気に咳き込む。

「ゴホッ」。
まるでボディブローを喰らったかのようだ。
一回だけなら問題はないが、二回三回と咳き込んでしまえば、店主・店員・ほかの客からの厳しいジャッジが待ち受ける。店内のひとの目が男性に集中し、有効打と見なされ、ポイントは相手に与えられてしまう。ボディブロー(咳き込み)は避けたいところだ。

戦いの終盤にもなると相手も必死になって食らいついてくる。もやしのひげが歯の間に挟まり、クリンチをしてくる。しがみついてくる。クリンチをされると肉体的にも精神的にも負荷がかかってしまう。

歯の間に挟まっている食べ物は思った以上にストレスになる。集中力が途切れてしまう要因にもなりかねない。つま楊枝でさっさとクリンチを解消しなければならないが、相手は容赦なく何度でもクリンチをしてくる。
歯ならびがよくない人は不利かもしれない。歯の矯正も視野に入れたほうがいいだろう。

そして、麺も野菜もチャーシューも食らいつくし、器に残ったスープを飲み干すと、試合終了のゴングが鳴る。
男性は戦いに勝ったのだ。

ペーパーで口元の油分を拭い、コップに入った水を一気に飲み干す。
店にお礼を言って、リングを後にする。


ラーメンを食べることは、戦うことだ。
全力で食に向き合い、相手への敬意を忘れず、感謝しつつ本気でぶつかりあう。戦った者にしか得られない満腹感がそこにはある。
彼はそれを手にした。


終わりなき食との戦い。
次の相手を求めて、彼は今日もどこかで戦っている。


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