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[読書記録] 夜間飛行

作者: サン=テグジュペリ
訳: 堀口大學
出版:新潮文庫


夜間飛行は、郵便飛行業がまだ危険視されていた草創期、郵便夜間飛行の確立に懸けるブエノスアイレス飛行場支配人のリヴィエールの目線を主軸として描かれる物語。ある日、若き飛行操縦士ファビアンを載せたパタゴニア機は暴風雨によって連絡が途絶えてしまう。

併録の南方郵便機はサン=テグジュペリの処女作で、やはり、若き飛行操縦士ベルビスが主人公だ。彼がかつて愛したジュヌヴィエーブは、不幸な天気を迎えた家庭から逃げ出し、ベルビスの元を訪れる。


物語全体が詩のようで、文章のあちらこちらに美しい言葉が散りばめられている。まだ多くの人が地上しか知らない時代に、自然の驚異に晒された者だけが見ることを許された、美しい上空とそこから眺める下界。そして、飛行業を取り巻く人間たちの決心と哀しさ。

夜間飛行では、新規事業の確立に注力し、部下達を愛しながらも、自分自身が相手から好かれることには無頓着なリヴィエールが魅力的だ。登場する飛行士たちは皆若く、最期の瞬間まで本当の死を思い描けない。夜空と砂漠に飲み込まれようとするその時、どうにか生きようともがく彼らの姿が切なく印象的だ。

私は多くの場合、大好きな本でも、もう一度通読することはあまりない。新しく読みたい本が、次々に出てきてしまうからだ。でも、この本は、もう一度読まないといけない気がする。この本の文体が詩的で私には少し難しく、綺麗な箇所の多くを読み落としてしまった気がしてならない。


それと気づかずに、人がどのような平和を破壊できるかを示していた。

p.120

ファビアンの着陸が遅く不安になった妻が飛行場を訪問し、緊迫した男たちの職場で一人浮いた存在になってしまった彼女を描いた言葉。

飛行場や上空のシーンでは、遥か上空で危うく揺らぐ命や自然の容赦のなさ、飛行業に求められる規律と、必至の冷たさが描かれている。

それと対照的に物語に時々現れるのが、地上での生活だ。生活の心地よい秩序、それらを和らげるコーヒー店と散歩道、そこで生活している人間がいることを証明する家の中の散らかり。操縦士一人一人に大事な人があり、平穏な幸せの中で暮らす選択もできたことを示唆する。このシーンにおけるリヴィエールの表に出さない感情に、優しさがあふれていて好きだ。

夜間飛行に出てくる生活の位置づけが好ましく、自分の部屋も、秩序と柔らかさが滲み出ていたらいいなと思う。


事業と、個人的幸福は両立せず、愛軋轢するものだからだ。

p.102

リヴィエールの言葉。フランス組曲(作:イレーヌ・ネミロフスキー)を読んだときにも、個人と共同体の対比が書いてあった。共同体が国から仕事に置き換わっているが、テーマは似ている。

現代は個人の幸福がより重視されていっている傾向がある。私自身も、自分が属する何かしらの不特定の集団(国や会社)よりも、個人的に大切な人たちを真っ先に幸せにしたい。甘い人間だ。

ただ、時々、自分が働いている対象に意味があるのか、と思うことがある。全体に貢献したいということは、きっと、人間が本来持っている欲の一つなのだ。それはただの偽善かもしれないけれど、いずれにしろ、平和な世界では失われていく傾向にあるのかもしれない。


勇気というやつは、大して立派な感情からはできてはおりません。憤怒が少々、虚栄心が少々、強情がたっぷりあり、それにありふれたスポーツ的楽しさが加わったというだけのしろものです。

p.14

こちらは、序文に記されているサンーテグジュペリの書簡の引用で、死と隣り合わせの生活を送っている人の言葉であることを考えると、驚いてしまう。彼らの勇気とは、余程の度胸と決心で支えられている感情だろうに、80年前を生きた彼は勇気を感情の最下位であるとする。

一方で、平和な生活の中で、ありふれたキャッチコピーに使われている勇気という言葉は、上記の説明に合致するだろう。勇気を持つことは大前提として、さらに大切なのは、その後に押し寄せてくる、忍耐力と決断力、そして責任感を持ち続けることへの決心だ。


短くも寂しくも幸多かりし熱きわが夏

p.310

最後の一文は南方郵便機より、ニイチェから引用。哀しい結末を迎えると薄々気付きながらも、眼前の喜びを正直に求めた若い美しさが表現されているようだ。このシーンの周辺に羊が出てくる。星の王子さまの羊を思い出して、少し切なくなった。

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