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『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』:全文公開 第3章の5


『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃 』(新潮社)が11月17日に刊行されました。これは、第3章の5全文公開です。

5 デジタル人民元の目的は電子マネーの排除?

当局の介入でアントが上場を延期
 デジタル人民元と、アリペイやウィーチャットペイなどの電子マネーとの関係がどうなるかについて、これまで2つの対立する見方があった。
 第1は、電子マネー排除説。第2は、共存説だ。
ところが、前述のように、アント・グループの上場が延期された。この背後にある事情を推測すると、デジタル人民元との関係については、「電子マネー排除説」の方が正しいのかもしれない。
 これまでの状況を説明しよう。
 2020年11月2日、中国の金融当局は、アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)氏などを呼び出し、管理監督上の指導を行った。そして、つぎのようなことを伝えたという。
 ■ 当局はアント事業の徹底的な見直しが必要となりうる不備を数多く見つけた。
 ■ このため、同社は、もはや上場の基準を満たさない。
 ■ 同社に対する監視が強化され、同社は銀行と同様の規制を受けることになる。
 ■ アントの収益性の高い小口融資部門で資本増強などの変更が必要になる。
 ■ 中国全土で事業を行う部門の免許の再申請をしなければならない。
 これを受けて、3日には香港、上海市場での上場延期が公表された。 

決済データの主導権を誰が握るか?

 この背景には、マー氏が、2020年10月下旬に上海市で開催されたカンファレンスの講演で、政策立案者を批判したことがあると言われている。
 マー氏は「良いイノベーションは(当局の)監督を恐れない。古い方式の監督を恐れる」、「既存のフレームワークは、スマートフォンアプリやその他のテクノロジーを活用する21世紀の世界では、時代遅れのルールブックだ」、「未来を規制するために昨日の方法を使うことはできない」、「古いルールは中国の開発やイノベーションには適しておらず、発展途上国や若い消費者に与えられるべき機会を排除している」などと述べたとされる。
 中国規制当局は、2、3年前から金融の管理強化に乗り出していた。これは、銀行にとっては朗報、マー氏にとっては悲報だ。デジタル人民元も、アリペイやウィーチャットペイの拡大を抑制するのが目的なのかもしれない。
 他方で、金融取引のデータは、きわめて重要だ。
 スマートフォン決済のデータは、人民銀行系の企業を経由すべきことがすでに義務付けられている。したがって、デジタル人民元が普及すれば、スマートフォン決済の主導権を中国政府が握る可能性がある。
 これだけ利用者が拡大したアリペイやウィーチャットペイを排除するのは不可能であるように思えるのだが、国家権力が強い中国では、それも可能なのかもしれない。これまで、民間企業が中国IT産業のイノベーションを主導してきたことは間違いない。規制が強化されれば、活力は減退するだろう。中国のフィンテックは、大きな曲がり角にきている。


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