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『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃』:全文公開 はじめに

『CBDC 中央銀行デジタル通貨の衝撃 』(新潮社)11月17日に刊行されました。
これは、はじめに全文公開です。

はじめに

マネーの世界に大きな変化が起ころうとしている。
 われわれがこれまで日常的に用いていた日銀券や銀行の口座振替、あるいはクレジットカードや電子マネーが、「デジタル通貨」と呼ばれるものに変わる可能性がある。
 これが実現すれば、日常の買い物も、遠隔地への送金も、あるいはウエブサイトへの送金も、スマートフォンの操作だけで簡単にできるようになる。      場合によっては、海外への送金も国内送金と同じように簡単にできる。
 これは、われわれの生活を便利にし、経済活動の生産性を大きく向上させる。それだけでなく、社会の基本構造を根底から変革することになるだろう。
 ただし、よいことばかりではない。場合によっては、銀行がなくなるほどの大きな変化が起こりうる。誰もがこの巨大な変化から逃れることはできない。
 マネーの仕組みは分かりにくいので、これがどれほど大きな問題かが、一般にはよく理解されていない。それを解説するのが本書の目的だ。
 デジタル通貨には、まず中央銀行が発行するものがある。これは、「中央銀行デジタル通貨」(CBDC)と呼ばれる。
 中国では、世界に先駆けて「デジタル人民元」の開発が進んでおり、何度かの実証実験がすでに行われている。2022年の北京オリンピックまでには実際に発行される可能性が高い。スウェーデンでも、実証実験が進行中だ。
 もう1つは、民間主体が発行するものだ。アメリカのSNS提供企業フェイスブックが、「ディエム」というデジタル通貨の発行を計画中だ(当初は「リブラ」という名称だった)。これが発行されると、これまでなかった巨大な通貨圏が誕生し、銀行のみならず、中央銀行の存在さえ揺るがすような大変化が起こる可能性がある。
 デジタル通貨が広く用いられるようになると、その発行者は詳細な取引情報を把握することができる。これを用いて個人の行動を詳細に推定することが可能になる。
 CBDCの場合には、こうした情報が国民管理の手段に使われる可能性もある。これを認めてよいかどうかは、個人の自由の基本にかかわる重大問題だ。われわれは、デジタル通貨のプラスの側面とマイナスの側面とを、正しく理解する必要がある。
 本書の構成は、以下の通りだ。
 第1章では、フェイスブックが計画を発表したディエムについて述べる。
 最初に提案された「リブラ」は、世界共通の単一通貨を実現する可能性を秘めたものだった。2019年にこの計画が発表されると、各国の中央銀行や政府が即座に懸念を表明し、規制の必要性を強調した。政策当局は、総力を挙げてリブラ潰しに取り掛かったのだ。このことを逆に見れば、世界的なデジタル通貨がいかに大きな変化を引き起こしうるかが分かる。
 リブラは「ディエム」と名称を変え、内容も当初の案からは修正されたが、計画自体は進んでいる。遠くない時点で発行される可能性がある。
 第2章では、中央銀行デジタル通貨(CBDC)について述べる。その仕組みは、現在の中央銀行券と同じように2層構造をとる。つまり、中央銀行と一般利用者の間に、銀行などの中間機関が介在する。なぜ中央銀行デジタル通貨が必要なのか?現在の通貨の仕組みにはどんな問題があるのか、などを説明する。
 CBDCのうち最も開発が進んでいるのは、中国の「デジタル人民元」だ。第3章ではこの仕組みを説明する。
 すでに実証実験が繰り返されており、発行が間近であると考えられる。中国の場合、すでにアリペイなどの電子マネーが広く使われているが、これとデジタル人民元の関係がどうなるかが注目される。デジタル人民元の大きな目的は、その取引に関する情報を国家が把握することにあるのではないかと考えられる。
 第4章では、CBDCの問題点について述べる。CBDCが広く利用されるようになると、銀行預金が流出し、銀行の貸付け業務ができなくなる可能性がある。
 デジタル通貨の元となったのは、ビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)だ。第5章では、ビットコインが登場した当時の状況と、それが成長していった様を振り返る。ビットコインの価格は、発行当初に比べると約6000万倍になった。しかし、価格変動が激しいために、日常的な送金の手段として使われるには至っていない。
 第6章では、日本のデジタル通貨(デジタル円)について、実現可能性を検討する。大きな問題となるのは、日本銀行と一般の利用者との中間に立つ中間業者をどのように選定するかだ。これについて日本の現状を見ると、地方銀行が消滅する可能性など、様々な問題が指摘される。
 第7章では、デジタル人民元、デジタルユーロ、デジタルドルについての最近の状況を見る。ECB(欧州中央銀行)は、CBDCの導入に向けて調査を開始した。FRB(アメリカ連邦準備理事会)もデジタルドルについての検討を行っている。
 終章では、CBDCの時代を迎えるにあたってわれわれが何に心がけるべきか、何をすべきかを5つの提言にまとめた。

 2021年10月野口悠紀雄 




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