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『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』     全文公開:第7章の5

『アメリカはなぜ日本より豊かなのか』(幻冬舎新書)が8月28日に刊行されました。
 これは、第7章の5全文公開です。

5 大統領への過度の権力集中

ディープステートを解体するという強権策

 仮に第二次トランプ政権が成立すれば、アメリカ国内においても、さまざまな強権策が行なわれる可能性がある。
 政権成立当日に行なうとトランプ陣営が公言しているのは、「ディープステート(影の政府)」の解体だ(注)。

(注)朝日新聞「『ディープステート解体』の真意は 元側近が語ったトランプ氏の構想」2024年3月17日

 これは、アメリカ連邦政府と司法機関に対する人事的な介入だ。大統領が任命する「政治任用」の政府職員を現在の10倍を超える5万人に増やし、自らに対する忠誠心の強い人物に要職を任せる。こうして、アメリカ政府の職員を、過去に例のないほどの規模で総入れ替えする。
 トランプ氏が問題視する「影の政府」の中核としては、国防総省、CIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)といった情報機関、そして、司法省などの法執行当局がある。CIAに対する予算を停止し、機能できないようにするとしている。また、FBIを完全に閉鎖し、予算をゼロにするともしている。
 トランプ氏は、前政権末期の2020年10 月に、政策決定に関わる職員を「スケジュールF」という区分に振り分ける大統領令を出した。「F」に分類されると雇用保証を与えられず、解雇しやすくなる。翌月の大統領選でトランプ氏が敗れたため、この施策は頓挫した。
 これがどの程度本気の政策なのかは分からない。「脅し」に過ぎないのかもしれないし、何らかの施策を行なうときの取引材料にするつもりなのかもしれない。
 しかし、こうした政策を公言しているという事実に間違いはない。
 もし、以上のようなことが実際に行なわれれば、大統領に過度の権力集中をもたらすことになる。一人の人間にあまりに強大な権力が集中すれば、暴走する。実際、対中関税の強化は、その具体例に他ならない。大統領の権限だけで関税率を簡単に操作できたのだ。これは、他国ではありえない強力な大統領権限だ。

大統領が関税率を変更できる
 米中経済戦争を見ていて、われわれが最も理解しにくいのは、大統領一人の決定だけで、全世界の市場が大混乱に陥るような事態が発生してしまうことだ。
 もともとアメリカの政治システムでは分権化が徹底しており、大統領一人に権限が集中しないような仕組みになっているはずだ。税制の決定については議会が権限を持っており、大統領が勝手に動かすことはできないと考えられる。
 それにもかかわらず、関税率の変更は、大統領一人の意向で容易にできる。それは、「通商法301条」があるからだ。
 これは貿易相手の不公正取引に対抗する制裁手順を定めたものである。不公正かどうかは、USTR(Office of the United StatesTradeRepresentative  :通商代表部)が調査・判断し、措置の発動は大統領が行なう。議会の承認は必要ない。
 2018年7月以降の追加関税は、この規定を根拠にしている(なお、2018年3月に行なわれた鉄鋼・アルミニウムへの追加課税は、「通商拡大法」232条を法的根拠としている)。
 どうしてこのような異常とも言える規定が、アメリカに存在するのだろうか?
 この規定は、1974年に制定された。そして、1980年代の日米貿易摩擦の際に用いられた。1987年、アメリカは通商法301条に基づいて、コンピュータ、カラーテレビ、電動工具について、100%の報復関税をかけたのである。
 1988年には、「スーパー301条」が新設され、不公正な貿易障壁や慣行があるとアメリカが認定した場合、一方的に制裁措置をとることができるとされた。
 1980年代に通商法301条が用いられたのは、日本製品のアメリカ市場への流入に、アメリカ人が深刻な危機感を抱いたからだ。「このままでは、アメリカ市場が日本製品によって席巻されてしまう」と考えられたのだ。
 その後、公平な自由貿易の発展を目的としてWTO(世界貿易機関)が1995年に発足し、 それ以降は、通商法301条の発動は控えられるようになった。しかし、それがいま復活したのだ。
 この異常な規定が、いまアメリカで復活したのは、なぜだろうか? この背後には、アメリカの新しい危機感があるのではないだろうか? では、その危機感とは何だろうか?
 それは、中国の躍進だった。中国のGDPの規模が大きくなっただけではなく、経済活動の中身が質的に進歩した。とりわけ、IT分野における進歩が目覚ましかったという事情があった。


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