人手不足が深刻化するのに、実質賃金は下落する
「医療介護従事者が全体の4分の1になる」で、 今後の日本経済で人手不足が深刻化すると述べた。では、それによって賃金は上昇するのだろうか?
「毎月勤労統計調査」の賃金指数によって、日本の名目賃金の長期的な推移を見ると、図1のとおりだ。調査産業計で見ると、1997年をピークとして、その後は傾向的に低下している。
2010年頃以降はほぼ横ばいになった。
最近の名目賃金の上昇率を見ると、図2のとおりだ。0.5%程度の上昇率でしかない。
図2 名目賃金の対前年比(%)
労働力人口が減少して人手不足が深刻化するにもかかわらず、なぜ賃金の伸びがこのように低いのだろうか?
その理由は、賃金の高い製造業が縮小し、賃金が低い医療・福祉業が増加しているからだ。だから、経済全体の賃金は伸びないのである。
製造業と医療・福祉の就業者の推移は、図3のとおりだ。
図3 製造業と医療・福祉の就業者の推移(万人)
製造業が縮小したのは、中国を初めとする新興国の工業化の影響だ。日本だけでなく、世界のすべての先進国が同様の影響を受けた。
実質賃金の伸びは、さらに低い。最近の状況は、図4に示すとおりだ。
図4 実質賃金の対前年比(%)
図5に示すように、2016年は原油価格低下の影響で消費者物価が低下し、このため、実質賃金の伸びはプラスとなった。しかし、2017年からは原油価格が上昇したために消費者物価の伸び率がプラスとなり、実質賃金の伸びはマイナスとなった。
図5 消費者物価指数(生鮮食料品を除く総合)の対前年比(%)
アベノミクスの中核である金融緩和政策において、日本銀行は消費者物価の伸び率の引き上げを政策目的としている。しかし、それは労働者を貧しくしようとする政策であることが分かる。
5月の有効求人倍率(季節調整値)は1.60倍だった。これは、1974年1月(1.64倍)以来の高水準だ。
中期的に見ても、有効求人倍率は下図のとおり上昇を続けている。
このことは、労働に対する需要が増加している結果であって、望ましいことだと考えられることが多い。
しかし、有効求人倍率は有効求人者と有効求職者の比率であるから、有効求職者が減っても上昇する。
実際のデータの推移を見ると、下図のとおりだ(単位:人)。
求人数が増えているのは事実だが、求職者も減っている。
2010年と2017年の差を取ってみると、求職者の減が842,930人、求人者の増が745,078人で、求職者の減のほうが大きい。
仮に求職者数が2010年の水準にとどまっているとすれば、現在でも有効求人倍率は1に達していないことになる。
求職者が減っているのは、「労働力人口は2032年までに1000万人減少する」で述べたように、労働力人口が減っているからだ。
このように、有効求人倍率の上昇は、 労働に対する需要増加を表わしているというよりは、人手不足が深刻化していることを表わしているのだ。