数字のトリックに惑わされるな
2017年には、賃金が高い伸びを示した産業があった。
表1にみるように、製造業の伸び率は1.3%であった。注目すべきは、賃金水準が低い医療福祉も、1.6%という高い伸び率を示したことだ。
こうした数字から、日本でもいよいよ賃金の上昇が本格的になり、経済活動の好循環が始まると言われることがある。
しかし、それは、数字のトリックにすぎない。個別の産業での高い賃金上昇率にまどわされてはならない。
実際、全産業の賃金上昇率は、2017年で0.4%でしかない。2016年に比べると低下している。
しかも、物価も上昇したので、実質賃金は、対前年比で下落した。
これは、「人手不足が深刻化するのに、実質賃金は下落する」で述べたとおりだ。
なぜ製造業や医療福祉の賃金の伸び率が1%を超えているのに、経済全体の賃金が伸びないのか?
第1の理由は、賃金が下落した産業もあったことだ。表1に見るように、宿泊業,飲食サービス業は2.1%の下落となっている。
理由はそれだけではない。第2の理由は、つぎのことだ。
それは、賃金の高い産業の就業者が減少し、賃金が低い産業の就業者が増加することである。だから、経済全体の賃金は伸びないのである。
これは、「人手不足が深刻化するのに、実質賃金は下落する」で述べたことだが、重要なので、そのメカニズムを以下に説明しよう。
まず、産業別就業者数を見ると、表2のとおりだ。
ここで取り上げた産業で、全体の就業者の6割超になる。これらの産業の計に対するウエイトを計算すると、表2の一番右のようになる。
このウエイトを用いて表1の各産業ごとの賃金上昇率の加重平均を計算すると、表1の一番右の数字になる。
ここで取り上げた産業以外の産業の影響を無視するとすれば、この値が、仮に産業の賃金水準が同じであった場合の全産業の賃金上昇率となるはずだ。
しかし、図1に見るように、上の方法で計算した値と実際の値との間には乖離がある。
図1 全産業の賃金上昇率、計算値と実際の値
実際の値は、2013年を除けば、計算値より低くなっている。差は、0.3~0.5%程度だ。
この差は、上に「第2の理由」として挙げた効果を示している。
つまり、賃金水準が低い産業の雇用者が増大するために、日本経済は賃金下落圧力を受けるのである。
「人手不足が深刻化するのに、実質賃金は下落する」で述べたように、日本の賃金は、1997年をピークとして、その後は傾向的に低下している。この大きな理由は、上で述べたことである。
言い換えれば、生産性が高く、賃金水準が高い新しい産業が登場しない限り、日本は賃金下落圧力から逃れることができないのだ。
「アメリカで成長する高生産性サービス産業」で述べたように、アメリカでは実際にそうした産業が登場している。
「金融緩和をすれば日本経済は活性化する」という間違った考えから一日も早く脱却して、産業構造の改革に取り組む必要がある。
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