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『日銀の責任』低金利日本からの脱却 全文公開:第4章の1

『日銀の責任 』低金利日本からの脱却 (PHP新書)が4月27日に刊行されました。
これは、第4章の1全文公開です。

第4章 異次元緩和の本当の目的は何だったのか?

1ー物価が上がり、賃金も上がると説明された

物価上昇率目標の2つの問題

 日本銀行は、2013年4月4日、「量・質ともに次元の違う金融緩和」(通称、「異次元緩和政策」)を導入した。決定されたのは、つぎの事項だった。

 1.消費者物価の前年比上昇率2%を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する。
 2.マネタリーベースが、年間約60~70兆円増加するよう金融市場調節を行なう。
 3.長期国債の保有残高が、年間約50兆円増加するよう買い入れを行なう。

 ここには、問題が2つある。
 第一は、なぜ物価上昇が望ましいかだ。
 仮に物価が上昇しても、それによって経済の別の面で問題が起こる危険がある。
 とくに、賃金との関係が重要だ。物価が上昇するだけで賃金が伸びなければ、実質所得は減少してしまう。したがって、賃金上昇率は対前年比2%以上でなければならない。では、それはどのようにして実現されるのだろうか?
 ごく一部の産業や企業で2%の賃金上昇が実現することさえ難しいが、必要とされるのは、経済全体としての賃金上昇率が2%を超えることだ。これが実現されなければ、労働者の生活は貧しくなる。
 企業に賃上げ要請するだけでは実現できない。賃金を上昇させるには、多くの企業の付加価値が増加しなければならず、それは容易なことではない。
 第二は、仮に物価上昇が望ましいとしても、どのようにしてそれを実現するかだ。
 金融緩和が物価を上昇させるメカニズムは、明確には説明されなかった。日銀は2013年4月に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)において、途中年次の経過は示した。しかし、物価上昇のプロセスが分からない。したがって、その実現可能性には、最初から多くの疑問があった。

「フィリップス・カーブの死」は分かっていたはずだが……

 まず、第一の問題(なぜ物価上昇が望ましいか?)について考えよう。
 諸外国の中央銀行の多くも、物価上昇率を政策目標に掲げている。それは、「物価上昇率が高いことと、失業率が低いこと(その意味で、経済が活性化すること)が相関する」という関係(「フィリップス・カーブ」と呼ばれる)が見られるからだ。
 だから、物価上昇率が高いことは、景気がよいことの指標と見なせる。諸外国の中央銀行が物価上昇率を目標としているのは、このためだ。
 しかし、日本では、「フィリップス・カーブの死」と言われる現象が見られる。つまり、失業率が低下しても、物価上昇率は低い値のまま、大きな変化をしないのだ。
 日本銀行も、そのことは先刻承知だ。だから、「物価が上がれば経済が活性化する」と単純に信じていたとは思えない。本当の目的は、物価とは別のものだったと考えざるをえない(それが何であったかは、本章の3で述べる)。
 異次元緩和は、物価を引き上げることによって経済の活性化をはかるとした。その過程で賃金も上がる、と説明された。黒田総裁(当時)は、2014年3月20日の講演「なぜ『2%』の物価上昇を目指すのか」で、つぎの趣旨のことを述べている。

 1.賃金が上昇せずに、物価だけが上昇するということは、普通には起こらない
 2.企業の売上が伸びて、収益が増加すれば、それに見合って、労働者に支払われる賃金は増加する
 3.そうでなければ、労働分配率が下がり続けることになってしまうが、こうしたことは、一時的にはともかく、長く続くとは考えられない

 物価について、当初の予定では、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)の対前年伸び率を、2年以内で2%にすることとされた。しかし実際には、消費者物価の対前年比は、2021年夏までは、顕著な変化を示さなかった。2014年には、消費税の税率引き上げによって2・6%になったが、それ以外の年は、1%未満だった。したがって、右記1が正しいかどうかは、2022年になるまで検証できなかった。
 2022年に何が起きたかは、すでに第2章で述べたとおりだ。物価が上昇しても賃金はそれに見合って上昇せず、その結果、実質賃金が下落したのである。




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