『どうすれば日本経済は復活できるのか』 全文公開:第1章の4
『どうすれば日本経済は復活できるのか』 (SB新書)が11月7日に刊行されました。
これは、第1章の4の全文公開です。
4. アジア諸国との所得格差が縮まり、外国人労働力の獲得が困難に
韓国、台湾が1人当たりGDPで日本を抜く
日本人の所得がアメリカやヨーロッパなどの先進国に比べて低くなっていることは、大きな問題だ。しかし、問題はそれだけではない。
1で述べたように、アジア新興国や開発途上国の人々の所得が日本に迫ってきている。
まず台湾と韓国を見てみよう。図表1-5は、日韓台の1人当たりGDP(市場為替レートで換算したドル)の推移を示す。
2000年においては、韓国の1人当たりGDPは日本の31・3%、台湾は日本の37・9%であった。2010年には、それぞれ51・1%と42・5%になった。それが2020年には、78・9%と70・7%まで上昇している。このように、約20年前には日本の3分の1程度だったのが、現在では日本とあまり違わない水準になっている。
OECDの統計によると、2022年の年間賃金は、韓国は4万8922ドルであり、日本の4万1509ドルを上回っている(2020年基準の実質賃金、2020年ドル表示)。このように、賃金では韓国はすでに日本を抜いている。1人当たりGDPでも、今後、日本を抜いていくことは、ほぼ確実だ。
OECDの長期予測で見ると、日本の1人当たりGDPは2040年には5万4308ドルになり、60年には7万7242ドルとなる。しかし、韓国は40年には5万9338ドルと日本を追い越し、60年には8万3300ドルと、日本より7・8%ほど高くなると予測されている。
台湾はOECDに加盟していないのでこの予測には含まれていないが、韓国と同じよう
な値になるだろう。つまり日本より豊かな国になると考えられる。
製造業で日本企業を抜いている台湾、韓国企業
韓国、台湾、香港、シンガポールは、1970年代においては、工業品の輸出を急増させつつある発展途上国だった。それがいまでは、香港とシンガポールは、1人当たりGDPで日本をはるかに上回っている。そして、韓国と台湾が日本に追いつき、追い抜こうとしているわけだ。
1980年代において日本製品は、正確さ、品質の高さの代名詞だった。当時、日本の賃金は世界的に見てかなり高かったが、それを正当化するだけの裏付けがあったことになる。裏を返せば、現在日本の賃金が低いことは、日本の製品がその程度のものとしか評価されていないことを意味する。
それに代わって、台湾や韓国の企業の躍進が目立つ。シャープは、2016年に電子機器の受託製造サービス(EMS)世界最大手である台湾の鴻海(ホンハイグループ)に売却された。どの国のメーカーも、先端半導体の製品で台湾のTSMC(台湾積体電路製造)に追いつけない。日本は、工場建設の総事業費8000億円のうち4000億円を補助金として支出して、TSMCの工場を日本に誘致した。
中国の1人当たりGDPはすでに日本の3割
中国の1人当たりGDPは、2000年には959ドルだった。日本の2・4%にすぎず、ほとんど比較の対象にもならないほど低かった。しかも、農村部に膨大な余剰労働力を抱えていた。
工業化の進展に伴って、農業部門の余剰労働力が底をつくことを「ルイスの転換点」という。中国は、04年頃にこの状態に到達したとみられている。
これ以降は、成長に伴って賃金が上昇する。10年には1人当たりGDPが4550ドルとなり、日本の10%になった。そして、20年には、1万408ドル、日本の26%だ。中国の成長率は韓国、台湾よりさらに高いので、今後、日本との差は縮小していくと考えられる。
中国の1人当たりGDPを他のアジア諸国と比べると、00年にはマレーシア、タイ、フィリピンより低かった。しかし、20年ではこれらすべての国より高くなっている。
台湾の国内企業の多くは、中国に生産拠点を築くことで成長してきた。ホンハイも、1985年にフォックスコン(FOXCONN)のブランドを創立し、1988年に中国へ進出して、深シン圳セ ン経済特区に工場を設立した。そして、中国の低賃金労働力を活用して利益を上げてきた。
しかしそのホンハイも、いまベトナムへの移転を図っている。これには米中貿易戦争の影響もあると思われるが、基本的には、より賃金が安い国での生産を目的とする脱・中国の動きであろう。
東南アジア諸国と日本の格差が縮まる
東南アジア諸国も日本との差を縮めつつある。
1人当たりGDPで見て、マレーシアは、2000年には日本の10%だったが、10年に19・7%、20年には25・4%になった。タイは、2000年には日本の5%だったが、11%、18%と成長している。
10年に、1人当たりGDPが日本の10 %以上なのは、マレーシアとタイだけだった。ところが、2020年には、中国も10%を超えた。
10%未満であるアジアの主要国は、インドネシア(9・7%)、ベトナム(9・0%)、フィリピン(8・1%)、バングラデシュ(5・6%)、インド(4・8%)、カンボジア(3・9%)、ミャンマー(3・7%)などだけになっている。
このように、アジアでの日本の位置は、10年前と比べても大きく変わっている。
海外展開の減少は望ましいことではない
経済産業省「海外事業活動基本調査」で製造業現地法人の海外生産比率を見ると、次のとおりだ。なお、数字は海外進出企業ベースで、( )内が国内全法人ベースである。
2010年度には31・9%( 18・1%)であったものが、その後かなり顕著に上昇し、15年度には38・9%(25・3%)になった。しかし、その後は横ばい、ないし低下傾向にある。19年度は37・2%(23・4%)となっている。
輸送機械の海外生産比率は他産業より高いが、それでも最近は低下傾向だ。国内全法人ベースで見て、10年度が39・2%、15年度が48・8%、19年度が44・2%となっている。
海外展開比率がこのように低下傾向にあるのは、円安の進行と、それによる内外賃金格差の縮小によるものと考えられる。海外展開が減少したことによって、国内の雇用が確保されたという見方がある。確かに日本の失業率は、低水準で推移している。
しかし、それは結局のところ、日本が低賃金労働で生き延びているということにほかならない。これは、決して望ましい事態とは言えない。
超高齢化社会で、介護人材を得られない
高齢化の進行に伴い、日本の労働力不足は、今後ますます深刻化する。
ところが、いまの状態が続くと、2040年頃にはアジアの諸国と日本の賃金の差があまりなくなってしまう。したがって人材の奪い合いになれば、アジアの労働力はより賃金の高い国にいってしまい、日本には回ってこないことになる。
日本でとりわけ問題になるのは、介護人材を得られないことだ。中国の平均所得が日本の3割になったというデータは、日本人より所得が高い人がすでに多数いることを意味する。アジアの介護人材の多くは、これらの人々に取られてしまうことになるだろう。
それだけではない。日本人の介護人材が中国人高額所得者に取られてしまうことも、覚悟しなければなるまい。