『どうすれば日本経済は復活できるのか』 全文公開:第1章の5
『どうすれば日本経済は復活できるのか』 (SB新書)が11月7日に刊行されました。
これは、第1章の5の全文公開です。
5. 企業の新陳代謝で成長するアメリカ、それが進まず衰退する日本
ハイテク企業の時代は終わったのか?
アメリカの巨大IT企業で人員整理が続いていると報道されている。半導体需要も総崩れで、好調を続けてきた台湾の半導体企業TSMCも、2023年12月期は減収になると報道されている。コロナ禍中の巣ごもり需要でIT製品事業が急激に伸びたのだが、いまその反動に直面しているというわけだ。
こうしたニュースを見ていると、これまでアメリカのハイテク企業を中心に世界経済が回っていると思っていたのだが、それは一時的なバブルにすぎなかったのかと考えたくなる。
しかし、本当にそうなのだろうか?
時価総額のトップは、依然として巨大IT企業
これを確かめるため、時価総額の世界ランキングを見よう(Largest Companies by Market Cap、2023年8月20日時点)。時価総額を見るのは、それが企業の将来性を表していると考えられるからだ。
これまで世界の時価総額リストで上位をほぼ独占していたアメリカの巨大IT企業の地位は、低下しているのだろうか?
実際には、世界の時価総額ランキングのトップは、依然としてアメリカの巨大IT企業によって占められている。
1位アップル(2・7兆ドル)、2位マイクロソフト(2・4兆ドル)、4位アルファベット(グーグル)(1・6兆ドル)、5位アマゾン(1・4兆ドル)、6位エヌビディア(1・1兆ドル)、8位メタ・プラットフォームズ(0・8兆ドル)といった具合だ。
このように、ハイテク企業はいまだに健在だ。
日本企業で100位以内は1社のみ
時価総額100位以内の企業数を国・地域別に見ると、アメリカが61社でトップだ。世界経済は依然としてアメリカを中心に回っていることがよく分かる。 すでに述べたように、日本企業で世界の100位以内に入るのは、トヨタのみだ。なお、100位から少し外れるが、ソニーが第132位、キーエンスが第138位につけている。
時価総額ランキングの状況は、ここ数年、基本的には変わっていない。ほかに注目すべき点として、ヨーロッパ諸国に上位100位以内の企業数がかなり多いことがある。EU圏で見ると11社。これは、中国の10社を超える。人口当たりで見ると、ヨーロッパ諸国は日本に比べてかなり多い。
中国は、2022年3月には100位以内の企業数が12社だったのだが、数を減らした。
こうなったのは、習近平政権がハイテク企業に対して、抑圧的な政策に転換したからだろう。
日本の産業構造は古い
日本企業で時価総額の世界トップ100社に入るのが1社しかないというのは、由々し
き問題だ。なぜこのような事態になるのか?
その理由は、産業構造にある。古いタイプの製造業が産業全体で大きな比重を占めているからだ。これは、時価総額リストを産業別に見ると、はっきり分かる(産業分類は、Largest Companies by Market Capによる。なお、分類項目間で重複がある。例えば「テック」は、AI、インターネットeコマース、半導体などに重複して分類されている)。
まず、「テック」が25社と圧倒的に多い。これは、本項の冒頭で述べたアメリカの巨大IT企業が中心だ。日本には、このカテゴリーに入る企業が少ない。
日本の主力産業は自動車だ。ところが、全業種でのトップ100社に入る「自動車」企業は、世界で2社しかない。しかも、トップは、伝統的な自動車メーカーではなく、EVメーカーであるテスラだ。
かつて先進国産業の中心だった自動車会社は、フォルクスワーゲン206位、フォード340位、GM361位、ホンダ322位、日産1043位などといった状態だ。
これからも推察できるように、ガソリン車のメーカーは、今後、構造不況業種になる。ガソリン車に固執している限り、自動車メーカーに未来はないといってもよいだろう。
かつて日本経済をリードした製鉄業は、いまや世界のどの国でも時価総額が低くなっている。
注目すべきは医薬品産業
将来成長すると期待されるのが、医薬品産業だ。この分野では、全分野での上位100位に入る企業が、12社もある。そのトップであるEli Lillyの時価総額は、5187億ドルで、トヨタ自動車よりはるかに大きい。全業種世界ランキングで第10位だ。Johnson & Johnsonの時価総額は、4282億ドルだ。
12社のうち、5社がアメリカ企業である。先に、「トップ100社に入るアメリカの自動車メーカーはテスラしかない」と述べた。また、Largest Companies by Market Capに収録されているアメリカの製鉄会社は、ゼロである。つまり、アメリカの主要産業は、ガソリン車メーカーでも、製鉄業でもなく、テック産業と医薬品産業、そして金融業なのである。
かつて製鉄業と自動車産業で栄えた「ラストベルト」は、それらの産業の衰退に伴って衰退し、荒廃した。しかし、ピッツバーグなどは、医薬品産業を中心として復活しつつある。
岸田政権は、「新しい資本主義」がどのようなものであるかを探ろうと検討を続けている。しかし、その答えは検討するまでもなく明らかだ。「新しい資本主義」とはハイテク産業のことなのである。
そのため、現在の産業構造のままで日本が「新しい資本主義」を実現できないことは、明らかだ。日本が本当に「新しい資本主義」を実現したいなら、現在の産業構造を一変させなければならない。
アメリカでは企業の新陳代謝が起きた
では、アメリカは、なぜ新しい資本主義を実現できたのか?
それは、政府がハイテク産業に向けたビジョンを描き、企業を指導したり、補助金を出したりしたからではない。
アップルは1970年代から存在していたが、当時は、小さなコンピューター製造会社にすぎなかった。斬新な製品で注目を浴びていたが、1989年にアメリカで刊行された『メイド・イン・アメリカ』(*1)はアップルが産業秩序を乱すとして非難していた。
アップルが成長したのは、iPhoneという製品を開発し、その生産において、ファブレス(工場なし)というビジネスモデルを採用したからだ。そして、市場の競争を勝ち抜いたからだ。こうした過程を通じて、アメリカ経済全体で企業の新陳代謝が起こったのだ。
*1 MITの産業生産性委員会によって書かれた報告書。ノーベル経済学賞の受賞者であるロバート・ソローが委員長。
邦訳:『Made in America―アメリカ再生のための米日欧産業比較』1990年、草思社
日本では企業の新陳代謝が起きていない
では、日本の状況はどうか?
日本企業の大部分で、製品・サービスもビジネスモデルも、20年前と変わらない。いや、30年、40年にわたって、基本的には変化がない。そして、企業の新陳代謝が起きていない。
そのため、経済全体が衰退している。
2000年頃以降の円安政策は、古い企業の延命を助けることになった。製造業において、その傾向が顕著である。
他方で、日本では新企業の創設が少ない。設立されても、大きく成長する企業はさらに少ない。
日本の起業率の低さは以前から問題とされている。その原因としてさまざまなことが指摘されてきた。人材の不足、起業資金の不足等々だ。しかし、最も重要な要因は、日本政府が古い産業構造を温存する経済政策を取ったことだ。そうした状況下では、人材も資金も古い分野に投入され、新しい分野に投入されることはない。
日本経済が停滞しているのは、企業が変わらないからだ。時価総額世界ランキングでの日本の地位の低下は、当然の結果だ。また、ここ数年の顕著な貿易赤字の拡大も、必然的な結果だ。日本企業の価値を高めない限り、日本の復活はない。復活には、新しい製品・サービスの創出と、ビジネスモデルの改革が不可欠だ。
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