『データエコノミー入門』 激変するマネー、銀行、企業 :全文公開 第5章の3
『データエコノミー入門 』激変するマネー、銀行、企業(PHP新書)が10月15日に刊行されました。
これは、第5章の3の全文公開です。
3 緊急融資審査に4か月かかる日本と、60秒で済むイギリス
マネーのデータで信用スコアリングを行なう
銀行APIで得られるデータの活用の一形態は、それをビッグデータとして利用することだ。とくに重要なのは、信用スコアリングを通じて融資を行なうことだ。
中小企業にとっても個人にとっても、融資を迅速に受けられることは非常に重要だ。中小企業が倒産する原因は、利益が過小であることよりも、キャッシュフローの問題であると推定されている。
オープンバンキングを通じたデータを活用することによって、貸し手が与信決定プロセスを合理化し、与信可能性を評価できるようになる。これにより、これまで主流の金融サービスから排除されていた個人や中小企業が、必要な時に手頃な条件で融資を受けられるようになる。
第3章の3で述べたように、これは「金融包摂」と呼ばれる現象だ。オープンバンキングは、金融包摂を実現するための重要なツールである。
日本では、緊急融資なのに審査に4か月かかる
2020年春、新型コロナの影響で経済活動が急激に落ち込み、企業の手許現金が枯渇した。これに対処して、日本でも、政府金融機関などによる緊急融資が行なわれた。日本政策金融公庫では、「新型コロナウイルス感染症特別貸付」を行なった。
ところが、窓口には融資申請が殺到。このため、審査に長時間かかる事態になってしまった。4月には、審査の受付に2か月も待たなければならないという状態だった。5月頃には、申し込んでから融資を受けられるまで、2か月半程度。長いと4か月近くかかったと言われる。
他の緊急融資プログラムも、似たような状況だった。例えば、市区町村の社会福祉協議会が窓口となって「緊急小口資金」と「総合支援資金」の特例貸し付けが行なわれた。これらは、新型コロナウイルスの影響で収入が減った世帯を対象とした無利子貸し付け制度だが、申し込みが殺到したため審査が追いつかず、入金まで2か月もかかるケースもあった。
イギリスではわずか60秒!
いうまでもないが、緊急融資はスピードが命だ。資金繰りに苦しむ企業にとって、融資が遅れることは命取りになる。
しかし、貸し手から見れば、融資は回収しなくてはならない。だから、貸倒れにならないよう、審査が必要だ。これに時間と手間がかかることは避けられない。
日本では、審査に数週間から数か月を要するのは、ごく普通のことだ。コロナ禍で申請が殺到すれば、前述したような事態になっても不思議ではない。多くの日本人は、どの国でも事情は同じようなものだと思っているだろう。しかし、実はそうではなかったのだ。
フィンテック先進国のイギリスでは、iwocaという新興企業が、ロイズ銀行と連携して新システムを開発した。過去5年間の銀行取引データを分析して、信用スコアを算出する。これを用いると、銀行に融資を申請してから審査完了まで、たったの60秒しかかからない!
イギリス政府は、「コロナ事業中断貸付制度」(CBILS)を行なっている。これは、コロナの影響で収益を失い、キャッシュが不足している中小企業を支援するものだ。iwocaは、前記のシステムを用いて、この申し込みをオンラインでできるサービスを開始した。これ以外に、審査が24時間以内に完了し、最大20万ポンドの借入れが可能な融資などを提供している。こうしたサービスは、コロナ禍の緊急融資に多大の貢献をしたと評価された。
iwocaは、オープンバンキングの典型例だ。顧客の同意の下で、顧客データを提携企業が銀行と共有する。
eBay、Amazon、PayPal、そして銀行口座などから取得したデータをビッグデータとして、AIが企業を自動的に評価するモデルを開発した。この自動貸付システムを用いて、大銀行からの融資を受けにくいイギリスとドイツの中小企業にローンを提供してきた。
iwocaは、2011年に設立された企業。その理念は、「ビジネスローンを、フライトのオンライン予約と同じ手軽さで」。
4か月と60秒の差は、大きすぎる
イギリスには、iwocaのほかにも、同様のサービスがいくつも登場している。融資プラットフォームのTrade LedgerやNorthRow、信用スコアリングのWiserfunding、貿易信用保険のNimblaなどだ。こうした企業による融資チャンネルの拡大によって、ヨーロッパの中小企業の資金調達環境は、大きく改善しつつあると言われる。
これらの事業は、自動車を製造したり、建物を建設することとは違う。情報処理だから、システムができていてデータがあれば、融資の審査が60秒でできても不思議はない。
世界はすでにこのような時代に入っているのだ。その中で日本は、数十年も前の事務処理システムをひきずって、紙と電話とファックスの体制から抜け出せない。融資審査に4か月かかる日本と、60秒で済むイギリスの差は、大きすぎるほど大きい。こうした状態を、一体どうしたらよいのだろうか?
コロナ対策で日本政府が強調するのは、その金額だ。GDPに対する比率で見て、コロナ対策費が世界でトップクラスだと言われた。もちろん、金額は重要だ。しかし、コロナ対策の場合には、「スピード」も重要な条件なのである。
特別定額給付金の申請処理にマイナンバーカードが機能せず、大幅に時間がかかってしまったことは、広く報道された。迅速に対応できなかったのは、これだけではなかった。スピードが命の「緊急」融資も、同様(あるいは、もっとひどい状況)だったのである。
日本では昔から、「六日の菖蒲、十日の菊」と言われる。1日でも遅れては意味がないということは、誰でもよく知っているはずだ。それにもかかわらずこのようなことになってしまうのは、どうしてだろう? 我々は現在の事態を真剣に考える必要がある。
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