#062 プロマネのお仕事(補遺編2) - 「失敗の本質」とPMBOK
こんにちは。中小企業診断士の多田と申します。
日本全体が大変な状況になっていることに関連してか、今あらためて「失敗の本質」という本が注目されているようです。
(小池都知事も、過去、この本を座右の書としてあげられたとのこと)
小池百合子都知事の“座右の書”『失敗の本質』が見据える、組織的な失敗が起きる理由
https://biz-journal.jp/2017/02/post_18093.html
今回は、この「失敗の本質」をベースに、今のような未曾有の状況に対してプロジェクトマネジメントの知見を活かすことができないか、加えて、現代の日本企業が共通して抱えている問題点の解決策について考えてみたいと思います。
「失敗の本質」について
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫) | 良一, 戸部, 寺本 義也, 鎌田 伸一, 杉之尾 孝生, 村井 友秀, 野中 郁次郎 |本 | 通販 | Amazon
https://amzn.to/3bltG48
「失敗の本質」は、1991年(もう30年も前!)に出版された本です。
第二次世界大戦前後の「大日本帝国の主要な失敗策」を分析することで、日本軍が敗戦した原因を追及するとともに、日本的な組織に共通する失敗の原因について論じられています。
こうした戦時中の事例は、今のような未曾有の状況はもちろん、普段のビジネスの世界においても共通する点が多いように思います。
特に、イノベーションのジレンマのように、原因はわかっているのになかなかそれを改善できない、個人の努力ではどうにもならない部分のもどかしさというのは、日本企業に勤める方であれば誰もが感じた事があるのではないでしょうか。
以下、2017年に DIAMOND online に掲載された記事をベースに、「失敗の本質」で語られている5つの日本的組織の弱点と、その弱点に対して PMBOK はどう役に立つのかについて考えてみたいと思います。
(以下の文章のうち、グレーで囲われているのは以下の記事からの引用になります。)
なぜ、今『失敗の本質』なのか?これから読むための7つのヒント | 「超」入門 失敗の本質――日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ | ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/articles/-/116603?page=2
弱点その1: あいまいな目的、さらに失敗を方向転換できず破綻する組織
日本軍では目的があいまいなままで「組織内の空気」によって作戦が決定されていきました。そのような非合理な決定が破綻したあとも容易に停止できず、本来チェック機構を有しているはずの組織原理もほとんど機能しませんでした。「だれも過ちを止められないまま」、悲劇的な破綻まで突き進んでしまったのです。
(引用元: https://diamond.jp/articles/-/116603?page=2)
意志決定のプロセスが曖昧、というのは、現代のプロジェクトにおいてもよくあるように思います。
そして、こうしたよくわからない意志決定が繰り返されてしまうと、プロジェクトメンバーは徐々に自分で考えることを止め、上からの指示に盲目的に従ってしまうようになってしまいます。
プロマネとしては、こういう状況にならないようにするために、例えば以下のような取り組みを行うのが良いと思います。
#051 プロマネのお仕事(本編1) - 資源マネジメント(メンバーを集めよう)
https://note.com/yukio_tada/n/n8a8c8a40c285
組織内の役割をはっきりさせるためには、「RACIチャート」のようなツールを使うと良いと思います。それぞれの業務の責任者や、困ったときに相談すべき人が明確になります。
#059 プロマネのお仕事(本編9) - 統合マネジメント(変更管理はしっかりと)
https://note.com/yukio_tada/n/n1c673ce8e735
キックオフなどをきちんと行うことで、メンバー全体にプロジェクトの目的を共有することが可能になります。
また、プロジェクトの途中の変更管理をきちんと行うことで、曖昧な意志決定を排除し、責任感のあるプロジェクトにすることができます。
#055 プロマネのお仕事(本編5) - スケジュール・マネジメント(遅れの「兆候」を見つけよう)
https://note.com/yukio_tada/n/n52ec4fcb32fc
失敗プロジェクトにありがちなのが、メンバーはもうこのプロジェクトが破綻していることに気がついているのに、その状況が定量的に評価されていないため、誰もそのプロジェクトを止めることができずにひたすら無駄なリソースを投入し続けてしまう、というパターンです。
スケジュールの遅れやコスト超過を定量的に目に見える形で管理することで、こうした状況を避けることができるように思います。
弱点その2: 上から下へと「一方通行」の権威主義
どれだけ現場最前線の士気と能力が高くても、戦略や作戦を決める上層部が愚かな判断を続ければ敗北します。上層部が現場の声をまったく活かすことなく失敗を繰り返す姿は、日本軍と現代日本の組織にも共通しています。
(引用元: https://diamond.jp/articles/-/116603?page=2)
前回のnoteでも書いたとおり、マネジメントがアウトプットの 85% を左右すると言われます。
メンバーがいくら優秀でも、マネジメントに難があるとプロジェクトは破綻してしまいます。
#059 プロマネのお仕事(本編9) - 統合マネジメント(変更管理はしっかりと)
https://note.com/yukio_tada/n/n1c673ce8e735
統合マネジメントの知識エリアで言われているとおり、現場の知識を共有して、形式知化し、組織の力にすることで、現場の意見や経験をプロジェクトに活かすことができるように思います。
#053 プロマネのお仕事(本編3) - ステークホルダー・マネジメント(偉い人の本音を聞き出そう)
https://note.com/yukio_tada/n/n48b237793e64
上層部との関わり、という点では、ステークホルダー・マネジメントを通じて、上の方々と良い関係性・信頼感を築いているかどうかが重要だと思います。
これができていれば、上の方に対してもきちんと意見を言うことができると思います。
そして、プロマネ自身が行き当たりばったりではない、理論に基づいたマネジメントをすることがなにより重要です。
これは、PMBOK の考えそのものです。
弱点その3: リスク管理ができず、人災として被害を拡大させる
企業の不祥事の多くは「問題の芽を放置した」ことで悲劇を迎えます。日本海軍の戦闘機「零戦」には防弾装備がなく、空母も被弾するとすぐに炎上してしまいました。あの時代も現代も、日本人のリスク管理思想には重大な欠陥があるのではないでしょうか。
(引用元: https://diamond.jp/articles/-/116603?page=2)
これはもう、「リスク管理」の知識エリアそのものですね。
#054 プロマネのお仕事(本編4) - リスク・マネジメント(リスク登録簿を運用しよう)
https://note.com/yukio_tada/n/n19eb64aa168d
個人的にも、炎上しているプロジェクトを立て直す場合、まずリスク管理をやってみるとうまく行くことが多いように思います。
#003 プロジェクトが炎上したら、まずはリスク管理をやってみましょう
https://note.com/yukio_tada/n/ne41362d9c916
特に日本の組織の場合、プランAが失敗した後になって初めてプランBを考えることが多いようです。
ひどい例になると、初期の段階でプランBの話を出すと「君はもう駄目になったときのことを考えるのか、気合いや覚悟が足りないんじゃないか」などと怒られたりするそうです。
しかし、それでは遅いと思います。本来、プランBはプランAを考える際に同時に検討しておくべきです。
(これを、リスク管理におけるコンティンジェンシープランと呼びます。)
普段からこうしたリスク管理を日常のルーティンとして行っていると、自然とこのリスク管理の考え方が身につくようになります。
優秀なマネージャーさんは、常に複数のパスコースを持っているものです。
弱点その4: 現実を直視せず、正しい情報が組織全体に伝達されず悲劇を拡大する
ノモンハン事件やインパール作戦では、緒戦の大失敗が組織全体に伝達されず、ある種の隠ぺいによって戦況がわからないままに当初の決断が継続されています。その結果、正しい情報が組織全体に伝達・共有されず、実際の状況がわからないままに作戦が継続され、問題への対策や処置が行なわれずに悲劇を急拡大させました。
(引用元: https://diamond.jp/articles/-/116603?page=2)
これは、コミュニケーション・マネジメントの領域でしょうか。
#052 プロマネのお仕事(本編2) - コミュニケーション・マネジメント(チャットツールを導入しよう)
https://note.com/yukio_tada/n/ndcf6fa6ab808
第二次世界大戦中ならともかく、今は Slack や Teams などの優れたツールがあります。
情報はできるだけオープンにして、常に最新の情報がメンバー全員に行き渡るような環境を整えるべきです。
古い組織だと、いまだに情報を制限することで上下関係をつくり出そうとするようなこともあるかもしれませんが、こうした最新のツールを導入することをきっかけに、組織の風土を変えていけると良いと思います。
弱点その5: 問題の枠組みを新しい視点から理解できない
震災後の2012年に大幅赤字を発表したシャープは、昨年に台湾企業に買収されています。2016年10月には三菱自動車が日産から出資を受け、日産・ルノーアライアンスの一員となることが発表されました。世界的な半導体メーカー同士の競争でも、日本企業は厳しい戦いを強いられています。
(引用元: https://diamond.jp/articles/-/116603?page=2)
これは知識エリアのマネジメントの話として捉えることができると思います。
最近よく聞く「アンラーニング」という言葉。自分がこれまでに学んだ知識や価値観を意識的に捨て、新たに学び直すこと、を言うそうです。組織運営に新しい視点を取り入れるためには重要な概念だと思います。
このアンラーニング、成功体験のある人ほど難しいのは想像がつくのではないでしょうか。しかし、世の中の変化が激しい状況の中で、独自性の強いプロジェクトを実行する場合、このアンラーニングを意識できるかどうかが重要になってくると思います。
#058 プロマネのお仕事(本編8) - 調達マネジメント(社外の技術を戦略的に取り入れよう)
https://note.com/yukio_tada/n/n31e60bfe095d
そのためには、外部の会社と接することで戦略的に社外の知識を取り入れることも必要でしょうし、
#059 プロマネのお仕事(本編9) - 統合マネジメント(変更管理はしっかりと)
https://note.com/yukio_tada/n/n1c673ce8e735
プロジェクトの知識マネジメントを行うことで、メンバーがプロジェクトの中で得た新しい経験を共有し、組織の知恵にしていくことが重要ではないかと思います。
日本企業のマネジメントにおける PMBOK の有用性
上記で見てきたように、PMBOK のいずれかの知識エリアが、現代日本の組織の問題に対して何かしら対策のヒントを与えてくれているように思います。
普段から PMBOK を意識したマネジメントを行うことで、日本企業にありがちなこうした失敗を避けることができるのではないでしょうか。
次回について
この「プロマネのお仕事」のシリーズですが、次回で最後にしようと思います。
最終回では、私が仕事をしていく上で特に大切にしている、「誰をみて仕事するのか」についてまとめてみたいと思っています。
同じ PMBOK という参考書を用いても、プロマネによってプロジェクトの運営は全く異なったものになります。
なぜそのような違いが生じるのか、私個人的にはどのようなマネジメントを目指しているのか、について、改めて自分自身で再確認する回にしようと思います。
まとめ。
(1) およそ30年前に出版された「失敗の本質」は、第二次世界大戦前後の日本軍の組織的な失敗についてまとめられた本ですが、その内容は現在の日本企業の組織にも当てはまる部分が多々あり、現代のビジネスパーソンにとっても参考になります。
(2) 「失敗の本質」で述べられているような日本の組織に共通する問題について、PMBOK のいずれかの知識エリアが、何かしらその対策のヒントを与えてくれているように思います。
(3) プロジェクトマネージャのみならず、普通の組織のマネージャさんにおいても、この変化の激しい時代において PMBOK をきちんと学ぶことは有用なのではないでしょうか。
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(ここに書かれている内容はいずれも筆者の経験に基づくものではありますが、特定の会社・組織・個人を指しているものではありません。)