#096 ダブルチェックの限界 - 「社会的手抜き」はどうやったら防げるか
(本記事は2020年12月に書いています)
今月の初め、ある個人情報が誤って名古屋市の Web サイトで公開されてしまうと言う事案が発生したそうです。
感染者と接触の可能性ある人の氏名 HPに掲載 名古屋市が謝罪 | 新型コロナウイルス | NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201210/k10012756051000.html
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9日、名古屋市がホームページに掲載した新型コロナウイルスの感染者の年代などのリストに、誤って感染者と接触した可能性がある1人の氏名をカタカナで載せていたことがわかりました。編集中のデータを公開したということで、市は、謝罪するとともに、再発防止を徹底するとしています。
(以下略)
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ミス自体は起こりうることなので仕方ないと思いますし、すぐに適切な対応がされたので大きな問題にはならなかったようですが、今後の再発防止策として「今後ダブルチェックなどの対応を徹底していく」と書かれていたのが若干気になりました。
このダブルチェックというやつ、必ずしも効果的でない場合もあるので、注意が必要です。
「ダブルチェック」とは
ダブルチェックとは、ある作業が正しく行われていることをきちんと確認するために、同じ確認を2回行うことをいいます。
同じ人が時間を置いて2回確認することもありますが、一般的には、2人の別の人が、それぞれ同じ確認を行うことが多いようです。
部下が行ったチェックに対して上司がもう一度チェックを行い、それぞれ確認書類にハンコを押す、といった運用もよく見られます。
トリプルチェックの弊害 - 「現場ネコ」の話題
このダブルチェックの人数を更に増やして3人でやるのを「トリプルチェック」と言ったりしますが、以前、以下のような tweet が話題になったことがありました。
トリプルチェックの弊害 #現場猫
https://twitter.com/karaage_rutsubo/status/1157112554910437377
(※ 上記の画像は tweet より引用)
せっかく3人でチェックしているのに、お互いがお互いの作業に頼ってしまい、結局誰もチェックしないでスルーされてしまう。
そんなバカな、と思いつつも、意外とこういう場面って多いのではないでしょうか。
リンゲルマン効果 = 社会的手抜き
このように、複数の人が集まって同じ作業をすると、みんながそれぞれ手抜きを始める状況のことを、「社会的手抜き」と言います。
20世紀の初め、フランスの農学者のリンゲルマンという人が、この手抜きの状況を実験で定量的に評価しています。
ある作業(重いものを引っ張る、石臼を回す、など)を、1人でやったときと複数人でやったときに、それぞれの参加者がどれくらい「手抜き」をするかを調査しました。
社会的手抜き - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E6%89%8B%E6%8A%9C%E3%81%8D
この実験によると、3人集まるとそれぞれ1人1人は85%くらいの力しか出さず、8人集まるとなんと49%くらいの力しか出さないことがわかったそうです。
ダブルチェックやトリプルチェックの際にも、同じような力学が働きそうです。
ダブルチェックで手を抜きがちになる代表的なパターンと、その対処法
このように、ダブルチェックやトリプルチェックは、注意していないとどうしても手を抜きがちです。
特に、以下のような場合にはこの傾向が強まるので注意する必要があります。
1. 他の業務が忙しい
普段から別の業務で時間がとられていて、チェックに十分な時間がとれないような状況だとどうしてもチェックが甘くなりがちです。
これを防ぐためには、そのチェックだけを行う時間を強制的に設けるなどの施策が必要です。
工場のラインでチェックだけを専門に行う担当を用意する、というのはこの対策に相当します。
2. 頭の中だけでチェックを行っている
PCの画面を見ながら、頭の中だけでチェックをしているとどうしてもミスが起きやすくなります。
これを防ぐには、行動を伴ったチェックを行うという施策が考えられます。例えば、医療現場などでは、チェック対象物を指で指しながら確認する「指差し確認」を行ったり、2人で一緒に声を出しながらチェックしたりするような対策が行われています。
3. ずっと同じ環境でチェックしている
環境が変わらないことで「慣れ」が生じ、チェックに甘さが出てきます。そのチェックを行うときだけ環境を変えてみるというのもいい方法です。
例えば、今回のWebのデータチェックのミスを防ぐような場合、チェック専用の部屋とチェック専用のPCを用意し、Web公開前のチェックを行う場合にはそこに移動してチェック作業を行う、といった対策です。
4. そもそもその担当者にチェックを行うだけの能力や経験がない
定期的に人事ローテーションが発生する大企業や公務員で多いパターンです。
ある部署に人事異動でやってきた上司が部下の仕事のチェック担当になってしまい、その部署の業務をよくわかっていないにもかかわらず形式的にハンコだけ押しているような場合です。
これはなかなか見つからないことが多いので、定期的な部内監査などで個別にチェックする必要があります。
5. もともとほとんどミスが発生しない業務である
チェックはするものの、ほとんどエラーが発生しない業務のため、時がたつにつれてだんだんみんながさぼり始めるケースです。
こうしたケースでは、わざと定期的にエラーデータを入れて、そのエラーが発見できるかどうかチェックするなどの施策が有効な場合があります。
このような、わざとエラーを入れて検出できるかどうかを試すやり方は、ソフトウェア開発におけるテスト業務や、仕様書のレビューなどでよく使われます。
最も良いのは、人間がチェックをしなくてすむ仕組みを作ること
これまで人間によるチェックの精度を高める方法をいろいろと考えてきましたが、そもそも、人間はどうしても手を抜いたりミスをしたりしてしまう生き物です。
いちばんいいのは、人間によるチェックを必要としない仕組みを作ること、だと思います。
最近では、RPA(Robotic Process Automation)の良いツールが安価に利用できるようになってきました。
こうしたツールを使えば、人間が PC などを使って行っている一連の作業を、かなりの部分自動化することができます。
冒頭で取り上げた「誤ってWebサイトに個人情報を掲載してしまった」というエラーを起こさないようにするためには、Webサイトを更新する前に、自動的にそのコンテンツに個人情報と思われる内容が含まれていないかをチェックするようなプログラムを走らせるように設定してあげれば良いと思います。
人間は必ずミスを起こします。これを「やる気」や「態度」のせいにしてしまうのは必ずしも良いことではないと思います。
なにか仕組みを変えることで、こうしたミスが起きないように工夫することが大切ではないかと思います。
まとめ。
(1) ダブルチェックとは、ある作業が正しく行われていることをきちんと確認するために、同じ確認を2回行うことをいいますが、お互いが相手のチェックに期待してしまい、両方ともチェックが甘くなってしまうことが起こりがちです。このような、複数の人が作業に参加することで1人1人が手を抜きがちになってしまうことを「社会的手抜き」と呼びます。
(2) こういったダブルチェックの手抜きを防止するには、「そのチェックのための時間をきちんと確保する」「指差し確認などチェックに身体的動作を取り入れる」「チェックする際に環境を変える」「チェック者が能力・経験を持っているか確認する」「たまにわざとエラーを入れてみる」などの施策が役に立ちます。
(3) そもそも、人間がチェックしなくても良い仕組みを作れると良いです。最近はRPAツールが普及してきましたので、こうしたツールを活用するのも良いと思います。
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(ここに書かれている内容はいずれも筆者の経験に基づくものではありますが、特定の会社・組織・個人を指しているものではありません。)