心を磨けない夜に思い出す寿司屋とパンのこと
掃除が苦手。
見て見ぬふりを決め込んでいる書類は雪崩を起こすほどの山になり、ほこりはうっすら可憐な花を咲かせている。
とりあえずの罪悪感が一人暮らしを始めた頃のアルバイトのことを思い出させる。小倉の回らない寿司屋のこと。
ここで初めて知ったことは実に多い。
関サバ、白子、あん肝は食べ物の名前である。
ふぐ刺しは本当に透き通っている。
「お通し」は頼まれてないけど、おしぼりと一緒にお出しするもの。
ボトルキープは自己顕示システムの側面もある。
ビール樽は肝心な時に交換のタイミングがやってくる。
カシス、ピーチ、ジン、ウォッカ、カンパリがあればだいたいのカクテルが生成可能。トニックウォーターには味がない。
きんきんに冷やしたガラスの徳利に注いだ日本酒からは、信じられないほど甘い香りがする。
この寿司屋で、私の世間知らずのまっしろな地図にぽつぽつとあたらしい島が描きこまれていった。
寡黙な大将は元々、魚屋さんだったらしい。
息子の「店長」が創作料理を作る。
大将の奥さんの「おかみさん」はデシャップとホールとレジを守っている。
働き始めて間もない頃の開店前。おぼつかない私の手元をじっと見て、おかみさんが言った。
「ゆきちゃん、掃除は心掃除。自分の心を磨かんね」
その言葉を初めて聞いた時わたしにとっては、催眠?哲学?と聞き間違えるほどに難解な言葉だった。
今思えば、掃除をおろそかにしがちであることを見透かされていたのだ。
実家は物で溢れていて、片づけ方を教わるどころか、整った状態を知らずに育った。
掃除機、窓拭きくらいはしてきたけど、まあるくかけて、まあるく拭く程度が関の山だ。
今はわかる、部屋は本当に自分の心を映す鏡のようなものだと。
おかみさんは厳しい人だったが、呆れかえるほど何も知らない私の地図に大陸を出現させるべく、情熱と冷静の間で淡々と教えてくれた。
畳を拭く時は、畳の目に沿って。
2本腕があるんやろ、両手にぞうきんを持って。
テーブルを拭く時も、木の目に沿って一方向に力をこめて。
それ以来、私はめきめきと掃除上手になったのであった!!・・・という劇的ビフォーアフター的シンデレラストーリーにこそならなかったが、心を込めて拭き上げた床のこざっぱりとした気持ち良さを感じ取れるようにまでは成長したと思う。
掃除だけではない。心を磨く動作は店のそこかしこにあった。
むらさき(お醤油)を小皿に注ぐ時は円を描くように、ぽってりと。
お皿を下げるタイミングは遅すぎず、早すぎず、さりげなく。
靴をお出しする時は、席を立つ気配を見逃さず。
見送るときは笑顔に心を込めて。
バイトの上がり前、時々おかみさんに頼まれる用事があった。
「ゆきちゃん、パン買うてきて。あまいのとしょっぱいのね」
そう言って何枚か夏目漱石(当時)を持たせる。
決まって、店が盛況であっという間に閉店時間になってしまった日だ。
夜22時の小倉。
店の制服にエプロンしたまま、つっかけで近くのコンビニまで走る。
カゴいっぱいにパンを選ぶ、この大急ぎの時間が私は好きだった。
大将はアンパン、店長は今日はどっちかな。おかみさんは意外とおかずパンなんだよね。
「帰ってから食べり」と、私にもいくつか持たせてくれる。
おかみさんはもう、お寿司は食べ飽きたのかな。
まかないでたまにいただくお寿司も美味しいけど、時々パンを食べたくなる気持ちも分かる。
気持ちいいほどにくたくたで、あたまがぼんやりしてるとき。
そう半分白目でうなずきながら帰りのモノレールに揺られる22時30分。
そして朝が弱い私は、決まって次の日の1限に遅刻するのだが、それはまた別のnoteで。
私に心を磨く方法を教えてくれたおかみさん。
ふとした時に、ゆきちゃん、心磨きしとーね?と問いかけてくる。
すみません、おかみさん。全然です。
そんな罪悪感を存分に熟成しながら、私は今夜もこのまま寝落ちするのだろう。
かごいっぱいのパンと、夜の小倉の湿った空気を思い出しながら。