韓国の記憶②
全州へ
高速バスはサービスエリアを全州に向けて出発した。
私はトイレからバスに戻ろうとして自分が乗ってきたバスが分からなくなってしまい、たくさんのバスの周りを右往左往していたけど、たまたま一緒のタイミングでバスを降りた老夫婦の姿を見つけ、何とかバスに戻ることが出来た。あの老夫婦のことを覚えていなかったら、もしかしたらバスに戻れなかったかもしれない。そうだとしたらどうなったんだろう。でもまあなんとかなったんだろう。
夕暮れ時の山間部をバスは走る。だんだんと陽が沈んでいく。山陰にポツリと農家らしき家屋が見えて、暗闇に灯りが点りだす。黒い山の影と暗くなり始めた空の分かれ目になる山の稜線がオレンジ色に光って、その上に薄く月が見える。空の色も月の光もどことなく日本よりも寒々しく見える。それは私の心の色なのか。
バスの運転席の後ろの天井から吊り下げられたテレビはずっと何かのドラマを映し出していた。誰もテレビなんか観ていない様子で、跳ねるようなイントネーションの韓国語がバスの車内に静かに響いていた。
窓の外は真っ暗で何も見えない。日本なら高速道路を走っていても沿道には必ず街の夜景が見えるけれど、この高速道路沿いは本当に真っ暗で、どこか冥界にでも連れていかれるような気がした。
全州が近づいてくるころには夜の20時頃で、大きな街に差し掛かってきたのか暗闇の中に段々と明かりが増えてきて、その中にいくつもの赤い十字架が光っているのが見えた。その様子は正直言って薄気味悪くすら感じて、あまり見栄えのいい景色だとは思わなかった。その赤い十字架は教会だということを後で友人から教えてもらった。韓国はクリスチャンが多いらしい。教会もコンビニよりも多くあるような気がした。
バスが全州の市街地に入ると窓の外は街の灯りでだいぶ明るくなって、人里に戻って来れたと思い安心した。外の商店街には黄色の看板に紫色のハングル文字。赤色の看板に青色のハングル文字。色彩感覚が日本と全く違うことに戸惑う。見慣れぬうちはなんとも悪趣味にしか見えなかった。
バスの終着地は大きなホテルで、友人が彼氏と一緒に迎えに来てくれていた。友人の顔をみて緊張が解けたのか急にもの凄い尿意に襲われてあわててホテルのトイレに入った。