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「はい。こちら人事部特務課です」_第5話_創作大賞2024_お仕事小説部門


 静かなエントランスで、俺と水木は向き合っていた。
「水木……。お前、何してんだよ」
「……それは、どういう意味で? なんで俺がここにいるかってこと?」
「しらばっくれるなよ。全部、今知ったんだ。なんでお前が、どうして!」
 正当な理由があるなら知りたい。願わくば、水木じゃないと証明したい。
「相変わらず納得できる理由がないとダメなんだな。お前は」
 水木は悲しそうな表情で少し笑った。目には光がない。それは、全てを認めるということなのか。
「ああ、そうだよ。だから、納得できる理由をちゃんと教えてくれ! ずっと一緒に頑張ってきたのに、なんでこんなこと……」
「理由を言ったところで、ずっと業績1位だったお前に、俺の気持ちがわかるか?」
「それと、今回の件と、何が関係あるんだよ」
「……つまりさ、俺は、焼き鳥の塩にも、タレにもなれなかった人間なんだよ」
「は?」
 居酒屋の時の話だろうか。要領を得ない水木の発言にイラつきが増していく。
「俺は、入社してから7年間ずっと2位だ。お前が1位にいたからな。良いライバルぶってたけど、ずっと悔しかった。どんなに頑張っても2位だ。7年もだぞ。周りからは陰で万年2位って呼ばれるし、ボーナスへの反映だってもちろん違う。しかもお前はSSKの跡取り息子だ。持ちすぎてるだろ。一個くらい俺に譲れよな」
「だから、だからなんだっていうんだよ! 田中さんを殴ったのとはどう関係ある? お前だって表彰式で会ったことあって、無邪気ないい人だったろ!」

 水木は、ポケットに手を突っ込み、大きなため息をついた。
「……そうだな。だから、悪気のない無邪気な人間はムカつく」
 真っ直ぐにこちらを見る水木に背筋がゾクっとした。水木は、田中さんの話を通じて俺を攻撃している。
「お前は1位で逃げ切って、人事部へ異動になった。俺はもうお前に勝つことはできない。勝負のチャンスすらないからな。その事実だけが残ったんだ。そんな時に営業三部への異動。大手法人を担当する部から中小企業の担当になるだけでも、俺への評価が低いことは分かるだろ」
「そんなこと……。それこそ人員不足とか色んな背景があって、本当の理由なんて分からないだろ!」
 水木はフッと笑って「お前も人事部への異動は無理やり納得してたよな」と、懐かしむように言った。
「それで、気分転換にも、ここで1位になるのも悪くないかもって俺も納得したんだ。でも……」
「でも?」
「三部では田中がいた。去年1位だったあいつは息巻いてた。多分、表彰式で初めて会った時から良きライバルってものに憧れてたんだろうな。飲みに行こうって誘われたんだよ」
「それが、田中さんが最後に出社した8月2日か?」
「ああ、そうだ。別に何かするつもりで俺だって飲みに行ったわけじゃない。適当にやり過ごすつもりだった」
「じゃあ、なんでこんなことに」
 水木は俺から目を逸らして、遠くを見つめた。記憶をゆっくりと吐き出していく。
「あいつ、俺と葵のライバル関係が羨ましいって言ってたよ。それで、三部では自分が俺のライバルになりたいって。でも、酔った田中の言った言葉が許せなかったんだ」
 俺は言葉を飲み込んでいた。

 

 
「『自分の成果のためじゃなくて、お客さんのためだけに働いてみたい』ってさ」


 
「はは、はははっ! そんな奴がライバル? 笑わせるのもいい加減にしてくれ! 俺は、7年間ずっと2位なんだ。客のためじゃない、自分のために営業してきて2位だ。お前だって、客のために営業なんかしてなかったろ! 嫌な客の相手も、周りからのクソみたいな評価も、理不尽を言われようが1位になれば全て報われると思ったからやってこれたんだ。これが間違いじゃないと証明するには……、1位に……、1位になるしかないだろ!」
 言葉を詰まらせる水木は、鼻をすすって後ろを向いた。溢れてくる水木の感情が、小さなエントランスに響く。

 
 俺は固まっていた。水木は正しい。俺は、自分のキャリアのため、評価のために営業してきた。悪いとも思ってないし、それで結果も残してきた。でもきっと、俺のスタンスや発言は容易に人の自尊心を踏み躙ったのだ。俺がいなければ、水木はこんなに苦しまなかったのかもしれない。
「水木の言うことは間違いじゃない。俺は客のために営業してこなかったよ。でもお前が、評価とかじゃない仕事があるって飲みに行った時教えてくれたんだろ」
「だからそれは、1位になったから言える話なんだって! 何者にもなれなかった奴は、そんなこと言う資格もない」
「実際、上半期はお前が1位だろ!」
「ははっ! そんなの当たり前だろ! 営業一部から異動してきて三部で業績出せなかったら、それこそ笑いものだ!」
 水木の感じていたプレッシャーや劣等感の叫びが痛いほど伝わってくる。
「そんな俺に、無邪気に営業のコツとか色々聞いてきて、最終的には篝火部長まで味方につけて! 営業同行までしてもらって! 田中は手段を選ばない。初めて追われる気持ちが分かったよ。勝ち抜きたいけど、まだあと時間は半期以上ある。ちょっとでも田中が休んでくれたらそれで良かったんだ」
 諦めたように、水木はエントランスに置いてあった一人がけのソファに座り込んだ。
「それで、殴ったのか? 今、田中さんはどうしてるんだ?」
 恐る恐る聞く。

 
「殴ってない」
「は?」
 目を閉じてソファにもたれかかる水木はひとつ深呼吸して、答えた。



「殴ってないんだ。自宅にいるよ」



 事件から2週間が経った。あの時、殴っていないと言った水木は、田中さんを自宅で監禁していたことをその場で白状したのだった。警察を呼び、田中さんを保護したあと、水木は連行された。田中さんの状態は、憔悴し切ってはいたものの、入院して2週間もすると普段の生活を送れるようになったらしい。それを聞いた俺と黒崎さんは、田中さんのお見舞いに病院へ来ていた。
「本当に、命の恩人です」と、病室に来ていた田中さんのお父さんは俺の手を握った。
「そんな、祐介さんが無事で本当に良かったです」
「佐々木さん、黒崎さんも、本当に僕を見つけてくれてありがとうございました」と、田中さんはベッドから体を起こし、涙目で話した。
 俺と黒崎さんは軽く頭を下げた。フルーツと一緒に、今度こそ、パーカーとメモ帳、ペンケースの入っていた紙袋を渡す。
「これ、お見舞いと、田中さんの荷物です」
「うわ! もう懐かしいな! わざわざありがとうございます」
 田中さんは紙袋の中を見て、メモ帳をパラパラとめくった。
「篝火部長とは、話しましたか?」
 無表情のまま、黒崎さんが口を開いた。
「ええ。僕が保護されて入院した日からずっと病院にいてくれました。この間やっと話せて、めちゃくちゃ謝られたんですけど、部長は悪くないんです。誰だって、こんなことになっているなんて想像できないだろうし」と、人の良さそうな顔で田中さんは笑う。
「篝火部長は、一度パワハラで会社から注意を受けてるんですよね? それも教えてくれて。なんか事を大きくしたら、水木さんや僕も、成績が良いのに処分の対象になるんじゃないかと思って、言い出せなかったって言ってました」
 篝火部長の処分に関しては社内で揉まれているところだが、何も言わないでおこう。「もう、仕方のない事です」と、田中さんは続けた。
「あと、お見舞いに来ていただいたタイミングで言うのも違うかもしれないんですが、会社は退職しようと思います」
「……そう、ですか」
「あ、その、気にしないでください! もう業績とかはいいんです。命がなければ、評価されたって仕方ないですから! 元々いつか地元に戻って父の農家を継ぐつもりでしたし」と、明るい様子で田中さんは話す。俺たちが黙っていると田中さんはさらに続けた。
「やっとこれで、お客さんのためだけを思って働けるな! って、今は本気でそう思ってるんです」
 田中さんのお父さんは「生意気な野郎だ」と言って目頭を抑えながら優しい顔をしている。

「だから、本当にありがとうございました」
 田中さん親子に改めてお礼を言われ、俺たちは病院を後にした。

 
 まだ暑さが残る病院からの帰り道。西陽がジリジリとコンクリートを焼き付けている。俺は黒崎さんに話しかけた。
「俺、営業しかやってこなかったから、業績出して、評価さえされればいいと思っていたんです。水木もですけど」
「……実際、それが営業の役目でしょ。正しいわ」
「そうなんですけど。何が仕事の正解かは難しいものがあるなって。今回の件で身に染みました」
「そうね。人それぞれだわ」
「……」
「田中さんが自動退職になるまで2週間しかないって言い合いになった時、なんのために働いてるのかって言ってきたじゃない」
「それは……ほんと生意気で申し訳なかったです」
 俺は少し恥ずかしくなり、ポリポリと頬を掻いた。
「本当に生意気だったわ」
 今日の黒崎さんも容赦がないようだ。
「でも、真理をついてると思った。正直、働く理由なんてなんでもいいわ。ただ、お互いが大事にするものが違うと衝突が起きたりすることもある。それが行きすぎるとハラスメントになって表面化したりするんじゃないかと思うのよね。だから私たちは特務課として機能する必要がある」
 俺は黒崎さんの方を見た。真っ黒な目には、未来を見据えるような光が刺している。多分、西陽のせいではないだろう。
「……そうですね! そっか。本当に、そうかもしれませんね。よし! 暑いし、早く特務課に戻りましょう!」
 俺は気持ちが軽くなり、少し笑った。
 


 
 それから、今回の一件は監禁事件として軽いニュースにもなり、俺と黒崎さんは対応に追われる日々を過ごしていた。社名がネットに書き込まれたりすると、飯野さんがシュークリームを食べながらカタカタとパソコンを動かす。あっという間に事件から1ヶ月が過ぎた頃、唐突に黒崎さんが話し始めた。
 
「そういえば、私の悪口を言っていたことと、呼び名についてのシュークリームがまだね」
 わ、忘れていた……。色々あり過ぎて、すっかりだったのだ。
「イヤー! ちょうど明日、めちゃくちゃ美味しいのを買ってこようと思っていたんですよ!」と、明らかに嘘と分かるカタコトで返した。
「あらあ、葵ちゃん、シュークリーム買ってきてくれるの? 私の分もお願いねぇ。最近働きすぎだわぁ〜!」
 飯野さんも乗っかってくる。
「というか、黒崎さんだって、俺のこと名前で呼ばないじゃないですか!」
 黒崎さんは無表情だ。パソコンからも目を離さない。
「呼んだわ。……1回だけ」
「いつですか、てか1回って」
「自分で考えなさいよ」
「ほらぁ、黒ちゃんってツンデレなところあるから!」と、飯野さんは笑っている。

 

 その時、内線が赤く光った。3人は顔を見合わせる。さあ、仕事だ。俺は音が鳴り始めると同時に電話を取った。



「はい。こちら人事部特務課です」


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・第1話
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・第2話
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・第3話
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・第4話
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