”当事者”が終わる時、私は本当の意味で”活動家”になれる。
※ASHOKA YVerの活動ブログ第2弾です。本当は私が何をしている人なのか、どんな人なのかをブログにしようと思いましたがやめました。次回何をしてるのかを説明するとして今回はタイムリーに悩んでいることを書き記したいと思います。
”活動家”であるために私は”当事者”を卒業しなければならない
私は高校生の時から<自分の過去・経験>をもとに活動をしているいわゆる社会問題の当事者の1人です。きっと私の活動は<当事者活動>と呼ばれるのだと思います。
この世の中には数えきれないくらい多種多様な社会問題、社会的課題があって数えくれないくらいの当事者がいると思います。でもその中で、声を上げて社会を変えようとするのはほんの一握りな気がします。私はずっとこのことに疑問を持っていました。
中学生時代はボランティア部、高校生の時から活動をするのが当たり前で周りの友達仲間たちも自分の思いをカタチにしたり、経験をもとに活動をしている子たちだらけだった私にとって当事者が活動をすることは普通だし、活動していない人は社会に興味がなく、今が幸せならそれでいいんだと言う考えを持っているんだと勝手に思っていました。
でも私は今すごく大きな壁にぶつかって、なぜ、当事者の活動が少ないのか少しわかったような気がしました。社会的養護やそこに行きつかなったサバイバーが活動をする人であるためには当事者と言う肩書きを捨てなければいけないと感じています。
私は社会のために動く。 けれどその社会は私を守ってくれるだろうか?
なぜ、当事者から脱却をしなければいけないのか?それは、リスクと消えない過去があるからです。
全てのアクションに対してリスクが付き纏うのは当然です。
ですが、私たちのように問題が解決しない当事者の状態のまま活動するのは人一倍リスクがあるということに今更ながら気づかされました。
例えば私たちの団体は”昔、私たちが欲しかったものをカタチに”という原点があります。故によく過去の体験をオフィシャルな場で語らなければいけない空気になることがありますが私たちにとって物凄いリスキーであり恐怖もあります。もし、問題が解決ずみで当事者でなければそんな恐怖もリスクもないんだろうなぁと思うと尚更卒業したい気持ちになります。
当事者だからこその説得力、やる意味があると胸を張れる。
逆に当事者だからこそ縛られ苦しい思いや怖い思い、リスクがあったりする。
難しい
もどかしい
私はわがままで負けず嫌いでひねくれ者。
今、私は”当事者”と”活動者”の狭間にいます。
活動には波があるし、承認欲求のためにやってるんじゃないの?と聞かれても完全否定できない。それは、この活動自体が私の人生の・生きるモチベーションになっているしこの活動がなくなったときに私はきっと何をしていいかわからなくなって途方に暮れてしまうと思うからです。
責任感ベースでプロジェクトを行うのは危ないとか今の状況で活動するのがよくないとかそんなことはわかっているけど私のできる範囲で、できることを、やりたいことを、何よりワクワクすること、今しかできない何かに全力で取り組んでいきたい。
自分がはじめに思い描いた”ビジョン”を実現していきたいということは絶対にブラさないし、夢は語り続けるし、ワクワクに忠実で居たいです。これは周りの大人たちから見るときっとものすごい自分勝手だと思われてると思うしわがままだし「こいつ本当に言うこと聞かないなぁ」と思われてるだろうけど、突き通したいお年頃なんです。(大事なところはちゃんと言うこと聞きます...!)
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10年後、 私はどんな視点から活動をしているのだろうか?
ここまでいろんなことを書いたけれど、どんなに悩んだって壁にぶつかったって私は活動を辞めるつもりは無い。
けれどきっと活動のあり方や自分の目線は物凄く変わっていると思う。それがどんなふうに変わっているのか、自分がどんな大人になっているのか、想像するのはすごく怖い。これに関しては全くワクワクしない。でも興味はある。
人生をかけて、この社会をアップデートする。
そんな目標を秘め、10年くらいかけて過去を乗り越え今よりもっと大人になった私はどんなふうに社会と向き合っているのだろうか?
と言うお悩みブログでした。笑
人に見える形で自分の迷っていることや考えていることを書くとなんとなく整理される感じが面白くて迷いしか発信していなような気がしますが、まぁ私のnoteなのでなんでもあり!笑
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