サッカーオタクの根暗少女がインターネットに出合ったら
あれは、中学3年生の時だっただろうか。あるいは、もう高校生になっていたかもしれない。
スケルトンの摩訶不思議なコンピューターが、突如家にやってきた。
それを見た母は、「(風の谷のナウシカに出てくる)王蟲みたい」って言ってたっけ。
そう、それがあの初代iMac(知らないよって方はアイキャッチの画像を参照)。iPhoneはおろかiPodも世に誕生していなかったこの頃、Mac信者だった父は、最先端のマシンを手に入れてやけにご満悦だった。
当時、友達と呼べる友達もおらず、登校拒否こそしなかったけれど、私は学校が大嫌いだった。かと言って、厳しい親の元では勝手な外出も許されず、家でサッカー(Jリーグや日本代表、世代別代表)を見ることが唯一の楽しみだった。
ネット環境もなかったものだから、テレビで放映されるJリーグの試合やサッカー番組を片っ端からチェックし、雑誌を買っては内容を丸暗記するぐらい何度も読み返し、親に隠れてラジオのサッカー番組を聞いていた。
***
そんな私の前に現れた、魔法の杖。それが、インターネットだった。
今まで、雑誌の発売日、テレビやラジオの放送日など、特定の日時を待たないと得られなかったサッカーの最新ニュース。それをリアルタイムで仕入れることができる。
それだけではない。この摩訶不思議なマシンの向こうには、サッカーを愛する人がいる。私と同じように、いやそれ以上に熱狂してチームや選手に心酔する仲間がいる。
私は寝食を忘れて夢中になった。好きなチームや選手を応援する仲間が集う「BBS」に「カキコ」して、同じことに歓喜できる「友達」が画面の向こうにいることに、なんとも言えない感動を覚えた。
気があう人、年齢の近い人と意気投合し、「メル友」になることもあった。選手にまつわるミーハー話をしたり、チームの勝利に一喜一憂したりと、それはもう楽しかった。練習場やスタジアムへ頻繁に足を運ぶ友達の話を聞いて、強く憧れを抱きもした。
学校と家しか居場所がなくて、でもどっちも自分らしくいられず閉塞感を味わっていた私にとって、モノクロの世界に光が射したような、そんな気がした。
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でも、そんな楽しい時間は、長くは続かない。そんな私の様子をおかしく感じた両親は、インターネットを取り上げようとした。
まずは掲示板への書き込みやメル友とのメール交換を禁止されたが、これだけ楽しいんだもん、止められるわけがない。
両親が寝静まったころを見計らって、夜中にパソコンを起動するのが毎日の日課になっていた。
目覚まし時計をセットすると誰かが起きてしまうかもしれないから、寝る前に吐くほど大量の水を飲んで、トイレに行きたくなって起きる、という、頭がいいのか悪いのかわからない方法でこっそりインターネットを楽しんでいた。
そんな必死の努力(?)も虚しく、寝る前にケーブルやパソコンを両親の寝室に片付けられてしまい、私は手も足も出なくなってしまった。好きなサイトや掲示板を閲覧することはできたけど、インターネットを通じて人とコミュニケーションを取ることはできなくなってしまった。
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たしかに、インターネットに出合ってからの私は、成績ががくんと落ちた。生まれ持った身体能力の中では唯一の取り柄でもあった視力も、加速度的に悪くなった。親から見たら、インターネットは悪だったのかもしれない。
でも、あの時、画面の向こうの誰かと手を取りあえた経験は、確実にあの頃の私を支えてくれた。実際に「メル友」と会って一緒にサッカーを観に行ったこともあり、当時の私にとっては彼女たちが数少ない友達だった。学校が大嫌いで、過干渉な家庭が大嫌いで、どこにも居場所がなかった私が唯一生き生きとしていられる場所だったのだ。
孤独に耐性はあるほうだし一人でどこへでも行けてしまうタイプだけど、ずっと一人は寂しかった。インターネットで友達ができなかったら、精神的に病んだり、グレていたりしたんじゃないかと今でも思う。
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大学に進学してからは、携帯電話を持つことを許可してもらい、インターネットも自由に使えるようになった。門限は厳しかったけど、日中であればある程度好きなところに出かけられるようになった。ネットを介して出会った「メル友」とスタジアムや練習場にサッカーを観に行くこともあったけど、リアルな学校生活での友達もでき、少し「リア充」に近づいた。
そして私は、社会人になり、半年足らずで最初の会社を辞め、インターネットの広告代理店に転職した。
時を経て、今いる会社はWebが主体の事業ではないけれど、ECサイトの改善やコンテンツマーケティング、Web記事の編集やライティングなど、デジタルマーケティング周りをおもに担当している。何回転職を重ねてもなんだかんだインターネット周りの仕事に就いているのは、きっと偶然ではなく必然なんだと思う。
インターネットとの出合いは、間違いなく、あの頃の私の心を救ってくれた。
そして、狭くて窮屈で息苦しかった世界が、実はとても広いんだってことを、教えてくれた。サッカー観戦だけが楽しみで、友達と呼べる友達もいない、根暗な少女だったあの頃の私に——。
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