
雨女の堕天使と雨の妖精なセンパイ【プチ小説】
このお話は、「沼津まちあるき缶バッジ 梅雨シーズンバージョン」の千歌と善子の絵柄を見て思いついた、何気ない先輩後輩の日常――――――。

6月頭の週末。長らく開けてなかったカーテンを開けたら、土砂降りの雨。
―――――― 最悪じゃない。折角今日はセンパイとデートなのに。ヨハネったらいっつもこう。
こうなった以上本当にどうしようか、折角遊ぶ予定も考えてきたのに。重い腰を上げて化粧台に向かう。……すると。
ピンポーン
まさか、センパイ?そんなわけないでしょ、こんな大雨の中どうやって来たって言うのよ。そして、インターホンの画面に映った人物というのは……
千歌「やっほー!迎えに来たよー!!」
善子「は、ハァ?!?!」
千歌「準備できてるー??開けてもらっていいー??」
―――――― うん、あれは紛れもなくセンパイ。浦の星女学院2年A組、スクールアイドル部の部長、高海千歌。なんてこった、レインコートでビショビショになってまでウチに来るなんて。
善子「……これは悪い夢よ、ナイトメア・イン・デイドリームッッッ……」
ピンポーン
善子「鍵空いてるわよー!」
ガチャ
千歌「おっはよー!自転車漕いできたー!!」
善子「……アホ?」
千歌「上がっていいかなー」
善子「だぁーー!!ビショビショのまんま上がってくんな!!せめてレインコート脱げ!!」
―――――― 結局センパイは家に上がってきたけど、全身汗びっしょり。レインブーツ履いてたのに汗で靴下まで湿ってて、家の廊下には見事に千歌の足跡がついてしまった……。
善子「ってか何よこのビショビショ!レインコートの意味ないじゃない!……ってかフローリングに足跡までついてる!!どうしてくれんのよぉ!」
千歌「ごめんごめん、でも別に濡れたくないって思ってレインコート着てるわけじゃないよ」
善子「ってかなんなのよこの汗だく……!てか千歌って汗っかきだったの?!」
千歌「うん、極端な汗っかきじゃないけど昔っからそうなの。だってほら、チカって基礎体温高めだからさ。いやー、チカの目論見通り見事な大雨だねぇ」
善子「……へ?ちょっと待って。ひょっとして……アンタこの日にデートしようって考えてたのって……」
千歌「そ!雨の日に善子ちゃんとデートしたくって!」
善子「それってまさか……私が雨女ってこと知って……」
千歌「ほぇ?そうだけど?」
善子「嘘でしょ?!私の事カモにしてたってこと?!」
千歌「違う違う!雨女だってこと利用したんじゃなくって!最初から善子ちゃんとデートする方法考えててさ!」
善子「……それで行き着いた先がコレってことと」
千歌「うん」
善子「ちょっとぐらいは躊躇いなさいよ!ってか雨の日に何するつもりなのよ、さっきからずっと謎だったんだけど」
千歌「狩野川沿いをお散歩するだけ!あとは善子ちゃん家でゲーム!」
善子「……安直すぎない?」
千歌「善子ちゃん、雨の日の楽しみ方侮ってるな……??」
善子「侮ってるって……別に侮ってる気概はないけど……?」
千歌「まあ善子ちゃんのクローゼットを確かめてから説明するけどね〜♪」
善子「ちょ!!ダンボール箱だけは絶対見ちゃダメ!!」
―――――― 結局センパイに押し切られてクローゼットを開けられてしまった。でも、ダンボール箱に入ってる堕天使衣装や下着には一切目もくれず一体何を探しているの……?
千歌「あった!これこれ!」
善子「……まさか」
千歌「これで善子ちゃんとデートできる♡背中のリボンかわいい♡」
善子「最悪……」
―――――― チェックメイト。センパイと土砂降りデート確定。てかなんでレインコートがクローゼットにあるってわかったのよ。
千歌「これお母さんが買ってくれたやつ?」
善子「なんだっていいでしょ!」
千歌「でもさあ、こういうフリルついてマントみたいなのついて。善子ちゃんにしか着こなせないよ」
善子「えっ……」
千歌「ほら、着てみてよ」
―――――― センパイ、いや、千歌に促されるまま私はレインコートに身を包む。そしてプチプチとボタンを留めながら千歌は顔を近づけて、私の頭にそっとフードを被せる。
千歌「……行こっか、恵みの雨の妖精さん♪」
善子「う……うん」
―――――― 千歌の手で魔法にかけられたように、私は雨の妖精に変身した。千歌も玄関先でレインブーツを履き、ビショビショのレインコートに再び袖を通す。そして恐る恐る玄関先まで出てくると……
千歌「……もしかして茶色のこれ?善子ちゃんのレインブーツって」
善子「なんで分かったの、これ新品よ?」
千歌「もしかして……!チカと色違いじゃん!!チカが黒で善子ちゃんが茶色で、ベルトも付いてて」
善子「こんなとこで被るの?!まさかすぎるわよ……」
千歌「うふふ……なんか姉妹みたいだねぇ……」
善子「褒めてないでしょ」
千歌「そういや善子ちゃん、折角お化粧してきてたんだから崩れるの嫌でしょ」
善子「これの一番嫌だったのそこよ。デートだって聞いたから気合い入れてきたのに……」
千歌「はい、これ秘密兵器」
善子「なにこれ……バイザー?」
千歌「これで化粧崩れの心配もないでしょ?」
善子「……ええ、これなら心配ないかも」
千歌「チカもデートだからちょっとお化粧してきたから、善子ちゃんの分もって思って。これで……よしと」
ザーザー
善子「ちょっと雨強くなってきてない?」
千歌「それがいいんだよ!雨音聴きながら散歩、ワクワクしちゃうねぇ……」
善子「そろそろ出発する?」
千歌「よーし、沼津港の方まで堤防沿いをお散歩だー!!」
―――――― あ、テレビ消すの忘れて鍵かけちゃった。まあ帰っても私と千歌だけだし、まあいいっか。
『この後昼から夕方にかけて、静岡県東部では線状降水帯により猛烈な雨が降る予報で……』
◆◇◆◇◆◇
―――――― マンションの玄関を出ると、扉の隙間から雨が降りこんでくる程の大雨。思わず目を細めたけど、バイザーに当たって表面上に水滴がこびりつく。
善子「何よこれ……!もう前が見えなくなるんだけど!」
千歌「大丈夫、チカの手つないでていいからね。大雨の日なんて前が見えなくて元々じゃん」
善子「千歌……」
―――――― 千歌ってそういうところ。誰かが怖がってたらすぐに手を差し伸べてくれるし、たとえ視界がゼロでもすんごい周りが見えてる。
―――――― それでいて無鉄砲というか、怖いもの知らずというか。こんな大雨降ってたら外出ようと1ミリも思わないのに、そういうヤバい状況を誰よりも楽しんでる。私の腕をグイグイ引っ張っていく力に、そんな気持ちを感じちゃう。そんなこんなで、私たち二人はあゆみ橋を渡っていくんだけど……
千歌「ほら善子ちゃん、目を瞑ってみて」
善子「こ、ここで……?」
千歌「そしたら水溜まりの上で足踏みして……」
善子「子供じゃないんだし……」
―――――― 橋のたもとの水が溜まってるところに、千歌と2人で立っている。車の音も遠く離れて、レインコートのフードに当たる雨粒の音が混ざり気なく響く。そこに重ね合わせるように、レインブーツで水溜まりをバシャバシャさせる。
千歌「そしたら、深呼吸してみて」
―――――― 促されるままに、大きく息を吸い込む。すると、雨に溶けだした土の匂いだったり、自分の汗の匂いだったり。自分は今この時を生きてる感触が、五感を通じて私の脳裏を刺激する。
善子「……千歌にしてはスピリチュアルすぎない?言われた通りにやったけど、なんだか妙に心が落ち着くから」
千歌「ううん、チカは占いだとか霊感だとか全くわかんないから違うと思う」
善子「いや、そうじゃないのよ。なんだろ、心落ち着かせるための行動を取るイメージが全くないっていうか」
千歌「あー。作詞に息詰まった時、たまにこういうことするよ」
善子「……でもその割には鈍筆じゃない。梨子も口うるさく言ってきてんでしょ?」
千歌「それは言わないお約束でしょ!!」
善子「それとさ。雨の音聞いてたら浮かんでくるの、リリックじゃなくてメロディラインだと思うんだけど」
千歌「こまけぇこたぁいいんだよ!チカはそれで作詞できるからいーの!」
善子「あっそ……」
―――――― ホントにこのセンパイの考えてること、私には到底追いつけない。ちょっと呆れちゃったけど、あの人の言わんとすることはなんとなくわかる。ボツボツ、パラパラとフードやバイザーに雨粒が途切れなく当たって響く。それが何故か心地よい。
千歌「だってそこには〜 米久の〜 ソーセージおじさん、住んでるも〜ん♪」
善子「あんた好きね!それ」
千歌「……で?」
善子「……は?」
千歌「……例のセリフ」
善子「やんないわよ!」
―――――― 狩野川は茶色く濁ってしまってて、もう明らかヤバそうなのに。それでも千歌は超どうでもいい話をしながら、ルンルンで堤防の上を歩いていってる。結構深めで大きな水溜まりでも、率先して入っていってレインブーツでバシャバシャ。ベルトのついたオシャレなやつでも千歌にとってはお構い無し。
善子「絵面が子供すぎんのよ……」
千歌「えー?高校生になってもこういうので遊びたいじゃん!善子ちゃんもやろーよ!」
善子「絶対にやだ。レインブーツ汚したくないし」
千歌「雨降ったらブーツ汚れるもんじゃん」
善子「子供じゃないんだから」
千歌「子供じゃないもん」プクー
善子「」カシャ
千歌「……は?」
善子「この膨れたお餅のようなほっぺ、グループLINEに貼っつけるわね」
千歌「やめて!それだけはやめてよ!!」
―――――― センパイの恥ずかしい姿をダシに、センパイをからかってみる。フフッ……何なのかしらこの感覚……。やられたらやり返す……ってやつ?可愛すぎでしょ……
◆◇◆◇◆◇
千歌「そういやさ善子ちゃん」
善子「切り替え鬼すぎない?それとヨハネね」
千歌「ずっと気になってたんだけど……。雨女って呼ばれるの、正直どう思ってる?」
善子「そりゃ嫌でしょ。生まれてこの方疫病神扱いばっかりよ」
千歌「まあ……そりゃそうだよね。遠足とかデートの日とか、普通は雨降ったら嫌だろうけど……」
善子「けど?」
千歌「チカは違うと思ったな。だって、こんなにも嫌がられてる雨の日が大好きなのが……善子ちゃんの目の前にいるんだから」
善子「フフッ……褒められてんのか貶されてんのか。相も変わらずわかんないけど」
千歌「貶してなんか絶対ないよぉ」
善子「……ホント?」
千歌「大丈夫、チカは嘘つかないもん。雨に打たれたいってチカが思ったら、真っ先に善子ちゃんのこと呼び出すもんね」
善子「それどーゆーことよ!」
千歌「そしたらさ……また善子ちゃんと一緒の時間ができるしさ!」
善子「えっ……」
―――――― つくづくこの人は変わり者だと思ってたけど……。考えてみれば私は元から変わり者だった。それでずっと一人ぼっちだったことも多くて。そんな私の元にやってきたのは、私と同じ変わり者。雨に濡れて身も心も凍えてたのに、すごく気分がぽかぽかする。
善子「貴女は……私の事 ―――――― ヨハネのこと認めてくれた初めての人だったのよね」
千歌「うん、覚えてるもん。その時のこと」
善子「あれからセンパイ達にさんざ迷惑かけたけど、千歌から怒られたこと一度もなかった。千歌からは何も言ってこないし、鬱陶しいとか思ったことないの?」
千歌「全然?」
千歌「ちょっと話しかけるタイミングが掴みきれてなかっただけで、善子ちゃんと2人で遊びたいってずっと思ってた」
千歌「多分善子ちゃん、2人で遊ぼうとしたら雨降らしてしまうって考えて、善子ちゃんの方から避けてたんじゃない?」
善子「うぐっ……」
善子「……ごめんなさい、完全に図星だわ」
千歌「でも大丈夫。チカは雨の日大好きだし、もしどうしても晴れの日が欲しかったら……チカのこと連れてきてよ。チカ、晴れ女だからさ」
善子「千歌……」
千歌「善子ちゃんが一緒に居て大丈夫って思ったんなら……チカにハグ……して?♡」
善子「……本当にごめんなさい、今まで避けてきちゃって……ぐすっ」
―――――― 雨に打たれ続けてビショ濡れの身体でも、こんなにも温かいなんて。千歌の基礎体温が高いせいなのかしら、まるで湯たんぽ抱いて寝てるみたい。私のみっともない泣き顔は湿気で曇ったバイザーに隠れても、私の泣き声は丸聞こえ。嗚咽を漏らす度に千歌はレインコート越しに背中をさする。
千歌「……落ち着いた?」
善子「うん……」
千歌「沼津港まであとちょっとだから、頑張って歩こ」
善子「……へ?」
千歌「善子ちゃん、なんかあった?」
善子「どんどん空暗くなってきてるんだけど……」
千歌「……まさか!!」
―――――― これまでも結構な土砂降りの中だったけど、このどす黒い雲は……間違いなくヤバい!!
ザァァァァァ
―――――― 周りは雨煙でみるみるうちに視界が失われていき、一寸先の千歌の姿まで雨に飲み込まれていきそうで。
千歌「怖い……怖いよお!!」
善子「怖いのはこっちもよ!!」
―――――― レインコートに激しく打ち付ける大粒かつ大量の雨粒は、千歌の悲鳴をもかき消さんばかりの勢い。雨粒は歩道に当たって跳ね返り、上からも下からも雨が降り注いでるようで。
千歌「とにかく……どっか中入ろ!」
善子「ちょ、ちょちょ!どこに行くってのよ!危ないって!!」
―――――― ほぼ視界がゼロな中でも、千歌は怖さを噛み殺し私の手を取って駆け出していく。でも千歌にはきっと見えてる、その根拠の無い自信がびしょ濡れの手から伝ってくる。
千歌「……ふぅ、やっと着いた」
善子「し、新鮮館?!何も見えなかったじゃない!」
千歌「何となくで走ってても、多分みなと新鮮館ぐらいならたどり着けると思ってさ」
善子「何も見えなかったんでしょ?車に轢かれたりとかするかもしれないのに」
千歌「勝手に身体が動いてたよ。さっきの善子ちゃんの言葉聞いてたらさ、こーゆー時こそ善子ちゃん守ろうって思ったの。でもめちゃくちゃ怖かったんだからね!」
善子「私……のこと……守る……」
善子「……」ポッポー
千歌「あれー?善子ちゃーん??」
善子「うっさいわね!私の心につけ込んでハグしたくせにまたそーゆーこと言う!!」
千歌「つけ込む……ってチカそーゆーことしてないもん!」
善子「うっさい!この女たらしがー!!」
千歌「女たらしじゃないもん!女たらしはよーちゃんと果南ちゃんだもん!」
ギャーギャー

―――――― 結局お互いに照れくさくなっただけだろうと思ってたけど。2人で結構長いこと言い争っていたら、雨脚は次第に弱まっていき数十メートルの視界が徐々に開けていく。
千歌「……言い争っててもしょうがないし帰ろっか」
善子「早くお風呂入りたいわね……ブーツの中が水浸しになっちゃったし」
千歌「まあこれも醍醐味でしょ」ダバー
―――――― こんな大雨で雨具も役に立つわけないので、中まで全身びしょ濡れ。レインブーツの中が池になったとて、それを醍醐味と言い張るセンパイ。なんだか、雨だからと言って気が沈んでばっかりだったのが、バカらしく見えてきちゃった。
千歌「よーし!善子ちゃん家まで全速前進ー???」
善子「……は?」
千歌「あれだよ、あれあれ!」
善子「……って言うかー!!恥ずかしわい!」
千歌「しょーがないなー、代わりにチカが言ったげる」
千歌「よーしこー!!」
善子「そっちぃ?!?!」
―――――― 雨脚も程よい感じになったところで、今度は堤防沿いではなくさんさん通りを歩いてみる。雨音に耳をすましてみたり、またまたセンパイとどうでもいい話をしながら進む。気を張ることなく、こんなにも落ち着いた気分になれるのなら、蒸し暑いイヤな感じも全然気にならない……!
千歌「っとー。ゴールまであともう少し……」
善子「楽しかったけど、もう早いとこシャワー浴びてゲームしましょ?」
千歌「あ!……ちょっと待って善子ちゃん」

千歌「あじさい!」
善子「うわぁ……こんなとこに咲いてたのね、家の真ん前なのに全然気づかなかった……」
千歌「折角だし、2人で写真でも撮る?」
善子「化粧崩れも……大丈夫そうね」
千歌「ふふん、チカの秘密兵器のおかげなのだ」
善子「秘密兵器ってほどでもないでしょ、ただのバイザー」
千歌「こまけーこと気にしちゃ負けだって」
―――――― ちょっぴりおバカだけど、なんだか一緒に居てると安心してくるセンパイ。これが高海千歌って人。全身が雨に濡れる感覚は私の不幸の象徴だと思ってたけど、この人といたらそんな先入観吹き飛んじゃった。ジメジメして蒸し暑い感じも一緒に。
―――――― センパイがこのお散歩でしてくれたこと。それはつまり、私の弱みを否定することなく全て受けいれてくれるってこと。デートには予算が付き物だけど、このデートで得られる感情はお金じゃ全く買えない。
千歌「それじゃーいくよ? 3、2、1!」
カシャッ
―――――― 千歌、これからも一緒にいてくれるわよね……?
《おしまい》
本日6月21日、近畿地方から関東地方にかけての梅雨入りが発表。本作は、この梅雨入りに合わせて投稿したものになります。
雨女の善子、晴れ女なのに雨の日が好きな千歌。救った千歌と、救われた善子。こういう対照関係を意識して書いてみました。
2024年6月21日
中井みこと