社会や相手を変える前に、まずは自分自身と繋がる力を鍛えることが大事だと改めて学んだお話
個人のFacebookに書いた投稿をこちらに転記しました。
濃密だった出来事や一日こそ言葉にして記録したいのに、いざ書こうと思うと重くなって書けないを繰り返している。けれどもどうしても書き留めたいので、まずは筆をとってみる。
昨日、曳舟トーキング・サークルを一緒にやっている天野さんと、彼を通して出会った秋本さんが主催したプロセスワーク x 修復的対話の勉強会に参加してきました。
インナーワーク、ワールドワークを約2年ぶりに体験して、改めてプロセスワークを学びたいと思いました。(プロセスワークの説明はとても複雑なのでここでは端折ります。)
インナーワークではありがたいことに、ガイドをする側をさせてもらった。目をつむりながら身体の感覚を感じている2人を眺めることで、「身体性を扱うセラピストってこんな感じなのかー」と疑似体験させてもらうことができた。
私はゆくゆくはセラピストになる予定なので、現実にそろそろ実践側へ移れよと言われてるようでしかたがなかった。内心めっちゃテンパってたけど、担当した2人に初めてやりましたって言ったら驚かれたので、fake it until you can do it ができたのかも^^ 少し自信になった。
ワールドワークでは、場のエネルギーが一番強かった「身分証明書」について参加者とワークした。必然的にマイナンバーカードの話になって、個人情報を管理されることへ反対するロール、便利なものはどんどん使えばいいという賛成者のロール、政府のロール、参政権がない外国人市民のロール、発言しないロールなどがたち現れた。
最初は賛成・反対という二極から始まった話し合いが、最終的には多様性のある声を知る場になったのが印象的だった。「ああ、そうだったワールドワークってこういうことだった」と思った。
良い悪い、賛成反対の二項対立で物事が語られることが多い中、まずは声の多様性を知ることが大事だったんだと思い出させてくれた。そして普段は聴かれていない声をその場に出すこと、聴かれることが何よりも大事なのだと思った。
私が印象だったのは、
・反対派の声を聞いていくことで、そこにマイナンバーカードの是非ではなく、国民の声を聞かずに推し進める政府への失望や不信感が大きいことに気づいたこと。何かへの反対の裏にはNVC(非暴力コミュニケーション)でいうニーズがあることを目の当たりにした。
・政府への失望があるってことは、そもそも最初は期待していたんだってこと。なるほど、日本人ってこういう感覚なのかと思った。この視点に驚いた自分に驚いた。私は19歳まで外国籍だったので多感な時期に自分が政治に含まれてると感じたことはなかったし、そもそもよそ者という感覚で生きてたので、前提として日本政府への希望がないからある意味失望もなかった。最初からそもそも部外者みたいな感覚で他人事に捉えていたことに気づいた。
・何も発言していない人に対して過度に心配してしまったけど、「何も話さない」というロールもあることをファシリの秋本さんに言われたこと。なるほど、、まだ消化中。
最後は修復的対話の手法を使って、円になって一人ひとりワールドワークでの感想を話した。
わたしはワールドワークで結構冷静になれてたので、天野さんに「これ私外国ルーツや移民ルーツの人と、外国人差別のことについてできるかも!」と笑って豪語していた。そしたら全然無理な自分に気づいた。笑 なぜならワールドワークの最後で、「日本は平和すぎるのかも」という発言をした人に対して、めちゃくちゃ心の中がざわざわする自分がいたからだ。
そんな自分を無視するのではなく、トーキングピースが周ってきたときに、平和=戦争がないの文脈であまりにも語られていることへの違和感を話してみた。
ちょうど前日に関東大震災時における朝鮮人大虐殺のイベントに行って、在日コリアンの人々が今なおその歴史から苦しんでいること、現実とSNSでの終わりないヘイトスピーチやヘイトクライムが起こっていること、原発の処理水に対する一部中国人の反応に対して橋本徹と東国原英夫が中国人観光客に対して行った言葉(気になる方は調べてみてください。気分悪くなるかもなのでご自身の判断でお願いしますね)などを見ている私からすると、どこが平和?となっている気持ちを伝えた。話しているときに泣きそうになったけど、引っ込めた。その日初めて会った人に対して、そこまでの脆さを出して話せないと思った。
自分と他者の間に境界線を引くことで自分を守ることに罪悪感をもたなくなった自分に気づき、ある意味成長したと思った。でもやっぱり涙が出てきたってことはそこに大切な想いがあるから、大切に扱ってあげたい。
反応からわかるように、まだまだ私は自分の傷つきを全然癒せてないんだなって思った。世界平和をつくるためには、それぞれの内側が平和になることが大事だと思っている。なのでいろんな手法を試しては自分の中に平和を取り戻す修行?を続けている。というか自己探究は趣味なので一生続くと思う。笑
自分が怒っちゃうテーマについては特に社会批判や他者批判をしてしまうのですが、そういう時こそほどまずは自分自身の感情と繋がってあげることが大事で、最近はその練習をしている。でもあまりにもそういった悲しみや怒りの感情をもっていたことに気づく場所すらが少ない。それくらい普段は抑圧して見てみるふりをして生活している仲間がたくさんいると思うし、出会ってきた。それが私の課題意識なのです。
なので、移民ルーツや外国ルーツの人たちと修復的対話をやり続けたいと思っている。これからはプロセスワークのエッセンスも交え、その場を作って行く必要性を強く感じた。興味ある人が周りにいたらぜひ紹介してほしいと思う。なかなか簡単なことではないので、ゆっくり進めていきたい。
まとまらないけど、とりあえず言葉に残したいと思ったキーワードについて書くことができた気がする。ところどころ口調がごちゃまぜだけど書けたことにまずは祝杯!
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