春がきた。 でもいつもと違う春。 経験したことのないこの感じ。 9年前の震災の時の不安感ともまた別の、なんとも表現が難しい感覚。 先が見通せないのは今に限ったことではないけれど。 株式市場、為替も激しく乱高下。 こういう時はこの振れ幅に一喜一憂しないに限る。 どこかのタイミングでは買いにいってもいいかもね。 一方で、在宅ワークだと仕事場に行く必要がないので本当に時間に余裕ができる。飲み会にも行ってないので、読みたい本や動画、映画がゆっくり堪能できてこれはこれでかなり有
仕事(ライティング)が行き詰まり、気分転換にnoteを書く。 最近の世の中の流れについて。 先週まで「先手を打っていない!」と批判する人が多数だったけど、先手を打でば打ったで批判と不満を言う人多数。もしかしたら、前者と後者は違う属性の人たちかもだけど、つくづく全員が納得する方法などないよなーと、思う。 人それぞれ抱えている事情が違うので致し方ないとは思うけど、リスク管理としては、基本、やりすぎと思うほどやっておく方がいい。今回は何もかもが後手後手だったので遅きに失する感も
新型コロナウィルスの対応で世間の空気が随分と変化した。 未知のものに対する恐怖と、自分は大丈夫だろうという正常性バイアスの間で揺れ動く。学校休校要請や、株式市場の大幅下落など緊張感も高まる昨今。 私自身はといえば、すでにほぼ引きこもり状態。 まずは、締め切り間近の仕事(ライティング)を片付けなければならないので在宅でお仕事。 そして、出社が必要な仕事については、受注元が2月前半から在宅勤務を推奨し、今では原則在宅勤務がデフォルトとなったので、こちらも在宅。 そして、諸々の事
久々にnoteを開いてみた。 最後の投稿は2018年6月。 約1年半前。 たったの1年半だけど、なんだか遠い、遠い、大昔のことのように感じる。 この1年半で生活は劇的に変わった。 イベントボランティア活動に参加したり、デザインの勉強したり、ライティングの勉強をしたり、そして思い立って大学院の研究生になったりといろいろと模索した。そんな期間を経て、フリーランスとして仕事を開始。徐々に仕事も増え、現在は常時2〜4つ程度に絞って仕事を受けている。 なんとか生きていけるのは仕事
「Simplife」という映画を観た。 西海岸のタイニーハウスで暮らす人々のドキュメンタリー 。 映画の感想を書くのは久しぶり。 以前書いていたブログでは映画の感想は定番のテーマだった。 しかし、Amazon prime の登場で状況は一変。映画を見る特別感が薄れたのか映画を観て感じたことを文字化することはほとんどなくなっていた。 でも、大きなスクリーンで映画を観ると気分が違う。 観たというより「鑑賞した」という感じで、思った事を書き留めたくなった。 さて、映画の内容。
最近、恋が一つ終わった。 短い恋だったけどその期間はときめいたしワクワクした。 希望が目の前に広がっている感覚がとても楽しかった。 でもその恋はあっけなく終わった。 ちなみにその恋の相手は人ではない。 人間はありとあらゆるものに恋をする生き物だ(と私は思っている)。 辞書によれば「恋」とは特定の人を思い慕う気持ち。 一般的に対象は人だけど、個人的には人以外の対象物にも恋をしてもいいではないかと思う次第。 ともあれ、私の短い恋、人ではない対象物との恋は終わった。 要するに
フリーになってから半年が経過。 「何事もやってみなければわからない」という言葉の意味が腹に落ちる半年だった。 半年。一年の半分の時間が経過したわけだが、先月訪ねたカンボジア撮影旅行がひとつの区切りになった気がしている。 友人の会社の従業員の方々に案内してもらい自分一人の気まま旅では行くことのないであろう場所、人々が日々の生活を営む場所を訪ねる事ができた。プノンペンから車で一時間程度かかる郊外(というより田舎と言った方がしっくりくる)で見た風景はとても素朴だった。人も家も営
昨日、友人と話していてあることを思い出した。 その友人は年次が上がり、最近は部下や後輩の育成を任されることが多いらしい。 自分が「そっち側」にまわった事について思うことがあるようだった。 組織において、20代、30代前半というのはまだまだ伸びしろがあると認識されている世代。企業は彼らの育成に熱心だ。仕事はもちろんだが勉強や研修のチャンスをできる限り与え、将来組織に貢献する人材を育てようとする。 それに対してなんの文句もない。 実際に自分が20代、30代の頃にはその恩恵を受
冬の、ピンと張りつめた空気が好きだ。 午前中の日差しが好きだ。 目覚ましをかけない生活が好きだ。 本を読むのが好きだ。 映画を見るのが好きだ。 絵を描くのが好きだ。 写真を撮るのが好きだ。 旅に出るのが好きだ。 辛いカレーが好きだ。 そろそろ、どこか、違う風景を感じに行く時期だ。
カイシャを離れてから3ヶ月が経過。長年自分の居場所の一つであり大きな位置を占めていたカイシャが少しづつ遠いものになりつつあると感じる今日この頃。 友人と飲む機会があるたびに「キャリアブレイク」について熱く語ったりしている。 「カイシャを辞めてしばらく休む。自分の人生のために。そんな時間は新しい可能性と出会える時間になりはしないか。その期間で得たあれこれを次の仕事に活かせばいい。」とか。 「そんなの無理。休んだ後に仕事見つかる保証はないし、そもそもその期間の生活どうするんだ
この窓から見える景色と暮らすことを想像してみる。 高台から見下ろせる海と港と風を感じながら生活したらどんな要素が私に取り込まれるのだろう。 日々口にする食べ物で私ができているのと同じように、日々目にする風景は私の思考や感覚に少なからず影響を与えるはずだ。 何段もの階段や坂道を登りようやく辿りつく高台の家。 車も通れない細い道を歩いて辿り着いたその家はある種特別な場所だ。 その特別な住処の窓から海をのぞむ。 風が部屋を吹き抜ける。 地上からの距離は、現実世界との距離のようにも
新年明けて、一月も下旬。 光陰矢の如し。 大雪の翌朝、子供のようにワクワクして外に出た。 雪合戦をしている若者や雪だるまを作っている親子など、東京では珍しい積雪を楽しむ人数多。朝の日差しの下平和で暖かな光景。 こういう風景や雰囲気を心から楽しめる今の生活は好き。 さて、年明けて各種新年会も大方終了。バタバタと動いている。と言っても昨年度に引き続きイベントに出かけたり人に会ったりNPOなどのボランティア活動に参加したり、プログラミング(オンラインスクール)の課題をこなしたり
大晦日。 2017年は自分にとって大きな変化があった年。 前年度の不調を引きづりつつ始まった2017年。前半は上手くいかないことが多くて肉体的にも精神的にもキツかった。7月、前から考えていたこと(会社を辞めること)について具体的な行動、要は退社の意を会社に伝え、そこからはそれまで抱えてきた様々なモヤモヤがどんどん消えいく感じ。 この決断と行動、自分的には大きな荷物を降ろした感があり、会社を辞めた年後半は身軽になって自由を満喫。とにかく「興味のあることは何でもやってみる」
今年も残すところあと4日。 久々にゆったりな朝時間がとれたので、お気に入りカフェでお野菜たっぷり朝食をいただく。 先日、母がようやく退院。この入院アクシデントのおかげか、年後半は家族と過ごす機会がいつになく多かった。おとといは兄親子(兄には成人した息子がいる)とのレアな3人飲み。息子の成長ぶりが嬉しいくせに素直にそう言えない兄がもどかしいというか、微笑ましいというか。 家族とのあれこれも新鮮ながら、会社を辞めてからいろいろな気づきがある。方々にアンテナはっていたつもりでも
日中、街は高齢者で溢れている。 会社を辞めてから、日中、近所のみならず商業地域やら公園やらを歩く機会が増えて知った現実。 会社員の頃は、ランチタイムぐらいしか外出しなかったので、それ以外の世間の様子を知る機会があまりなかった。いわゆるサラリーマン・ウーマン世界に埋もれていた私のかつての日常と比べると、そこはまるで別の世界。 日本が高齢化社会なのは周知の事実。高齢者が溢るる風景なんて当たり前と言われればその通り。確かに驚くことではないかもしれないが、こんなにも大勢の高齢者
様々なイベントやセミナーに参加する日々。 会社員の頃は行きたくても時間が合わず、指をくわえて見ているしかなかったイベントやセミナーに興味惹かれるままに出かけている。当たりハズレはあるけれど当たりはもちろん、ハズレもハズレなりにヒントやら教訓があって面白い。 さて、先週参加したイベントはかなりエキサイティングだったのでその時感じたことを記録しておこうと思う。 先週、Girls in Tach Entrepreneur Boot Camp というイベントに参加した。 会場は