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うつせみ


東京都心、街道沿いの小道を歩き、そういえば今年は蝉の声を一度も聞かなかったとハッとして、そこで思い出したは一葉の短編「うつせみ」。高家の娘であるお雪は、許嫁がいたことを隠し、植村という男と知り合う。しかしやがてそのことを知った植村は自殺してしまい、それでお雪はついに気が触れてしまう。物語は、お雪がもうすでに狂ってしまっていて、世に知られじと奥に隠すように家族が引っ越してくるところから始まる。それでも植村が自殺した背景も、お雪の気が違ってしまった理由も一切書かずに、お雪の狂気の言動だけを述べることで、恋の無惨さと哀婉、社会の柵と矛盾を描き切る。まさに一葉の神筆である(このお雪には実際のモデルがいた)。

「うつせみ」とは源氏物語でも有名な「空蝉」のこと、蝉の抜け殻のことだが、これはこの季節の通り、夏の季語である。すべてのものは絶えず移ろいゆき、ひとつもとどまることがない。喜びも悲しみも儚く移ろいに移ろいゆく、ゆえにそのかけがえのなさ。「うつせみ」にはそうした有為転変と、瞬間的な美の現前の意味がある。

うつせみの 世は常なしと 知るものを
秋風さむみ おもひつるかも

--家持

空目か空耳か、夏の蝉をよそに、秋のおとずれを西の空の茜色に待つ。




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