オープンDの音色を追って 62 ~GAROに再結成の目があった話~
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前回の記事を、マガジン「音楽マガジン 記事まとめ」と「邦楽 記事まとめ」に入れていただきました。
ありがとうございます。
今回はラジオ『K's TRANSMISSION』6月7日(金)21:00-23:00
ホスト:坂崎幸之助 ゲスト:大野真澄 についてです。
発売されたばかりの『GARO singles&origins』についてのトークでした。
初耳な話もあり、興味津津です。
以下、太字がボーカルの言です。
originsの選考にあたっては、『学生街の喫茶店』じゃない感じの曲にした。
いわゆる「GAROらしい」と言われる『暗い部屋』とかは、以前のベストアルバムに入れてしまっている。
今回は、コンサートをやってる感じにしようと思った。
アンソロジーからリマスタリングを経て、今回のsingles&originsになった。前のがおとなしかったので、ミキサーさんからは「かなりイメージ変わりますよ」と言われながらリマスタリングをお願いした。
実際聴いてみて、音が違うと思いました。
なので、GARO BOXの音源と比べてみましたら、例えば『一人で行くさ』がBOXでは2:58、singles&originsでは3:02と、長さも違っていました。
シングル曲の並びが発売順ではないこともあって、本当に「かなりイメージ変わり」ました。
買って良かったです。
『大男の歌』『ピエロの恋唄』はトミーとマークの傑作。大作ではないけれども。
『大男の歌』のスリーフィンガーは石川鷹彦。
坂崎「(『ピエロの恋唄』は)『空中ブランコ』と迷いませんでした?」)
『空中ブランコ』は僕もライヴでやってる。
GARO後期の曲も、一連のシングルとは違った世界観があるので、聴いてもらえると嬉しい。
本当は『ツイン・ベッド』『大都会の羊飼い』『吟遊詩人』の並びにしたかったけど、それをするとアルバム(『吟遊詩人』)聴いた方がいいってことになっちゃう。
ラストアルバム『三叉路』は和やかに明るくレコーディングした。
松崎しげるや常富喜雄も参加している。
『誰もいない朝』のバックはジュリエット。ギターはトミー。
『青春の旅路』のリードギターはマーク。
『夜間飛行機』はGAROのライヴではやっていない。もう解散する頃で、ライヴはやっていない時期だった。
マークがGAROの5年間を街、光、影とかいろんなものに例えて表現した良い曲。この曲でペーター佐藤にジャケットを描いてもらった。それが縁で、ペーター佐藤はアルファ(ミュージック)でユーミンのジャケットのイラストを描くようになった。
GAROは(アルバム)1、2、3のジャケットは全部セツ(・モードセミナー)の友だちにやってもらった。
坂崎「そんなに仲良くレコーディングしたなら、なにも解散しなくても」
解散の必要性はなかった。ソロアルバムを出すのはいいけど、一人で活動するのはダメだと思った。
実はもう一度(GAROを)やろうということはあった。
つくば万博(1985)で、フォーライフから声がかかって、何かのテーマ館の曲を演奏するという話があって。
トミーもマークも「やる」と言った。トミーがえらく喜んでいた。「やっとボーカル、やる気になった?」って。それまで僕が断ってたから。だって、あの二人(マークとトミー)がGAROを終わらせたんだから、わだかまりがあったしね。
曲を作る前に企画が通らなかったから、再結成の話はなくなったんだけど。
これは初耳でした。
ソロ活動はしてもいいけれど、GAROは残しておこう。それがボーカルの考えでした。しかし、トミーはGAROをぬけると言い、マークも、だったら自分も一人でやりたいと言った。
結果、GAROは解散したわけですが、その後、時間が経って、マークとトミーは再び二人で活動していた時期がありました。
それに対してボーカルが「わだかまりがあった」というのも当然だと思います。
トミーが亡くなったのはつくば万博の翌年のことです。
もし前年に再結成していたら。
何かが違ったかもしれません。
(つづく)
(文中敬称略)