居心地のよい、居心地わるさ──京都の銭湯⇄トルコのハマムにて
銭湯にはよく行くけれど、番台が残っているところは、はじめてだった。
男女別々の入口をはいると、すぐ脱衣所。縦長の空間で、おばあさんが、服をゆっくりと着ている。
男女の脱衣所の境にある、番台の真ん中にぺろりと垂れた布越しに、男湯からおじさんの手がでてきて、ぎょっとする。
「450円です」
なんだか心許ないけれど、番台とはおそらくこういうものなのだ。
バスタオルはレンタルしようと思っていたけれど、そんなシステムはなさそうだ。小さなタオルを持ってきていてよかった。
脱衣所に進んで振り向くと、番台とは反対サイドの奥が小さな部屋のようなつくりになっている。雑多な荷物と、レコードがぎっしり詰まった棚。銭湯に、急におばあちゃんの家がくっついているみたいで不思議だ。
ロッカーをあけると、男湯から番台の布をとおって、すっと人がはいってきた。ショートカットで少し背が高かったから、びっくりしたけれど、60代くらいの女性だった。この銭湯の女将さんだろうか。
床にあった黄色い脱衣籠を「はい」と渡される。慣れていないかんじを察知したのかもしれない。お礼を言う。
お風呂場は、脱衣所と同じ縦長だった。
白地に水色の模様がはいったタイルの床。お風呂の側面は赤茶色。白い壁には、床と同じ水色の柄がはいっている。日本の昔ながらの銭湯というより、どこかギリシャを思わせる色合いと柄だった。今朝、村上春樹のギリシャ旅行記を読んでいたからそう思うのかもしれないけれど、とにかくヨーロッパ的なタイルだ。
おしゃれなかんじなのだけれど、かなり年季がはいっている。壁や浴槽や床にところどころ入っているヒビは大きく、錆びて茶色くなっているところも多いし、なぜか洗剤的な緑色のところもある。
ギリシャ風なところもあいまってか、なんだか少しローマの遺跡のお風呂っぽい。水風呂の水は、これまたヨーロッパ風のライオンの口からでていた。全体的に錆びたライオンは、首元が緑の養生テープでぐるっと巻かれていて、それも修復中の遺跡っぽさがある。
でもここは京都。先に入っていたおばあさんは、「こんにちは」とゆっくりした関西弁だ。「こんにちは」と返した30秒後くらいに、おばあさんはお風呂をでることになったから、すぐに「さようなら」と関西弁で言われることになった。
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1人でひび割れた熱い湯船と、少し深いライオンの水風呂をいったりきたりする。なんだか覚えがあるなと天井を見上げて思い出したのは、トルコの「ハマム」と呼ばれる公衆浴場だった。古代ローマから伝わったもので、湯船にはいるというより、施設内にいる施術師の人に垢擦りや洗髪をしてもらうのがメインだ。
いわゆるリゾート風のぴかぴかのハマムもあるのだけれど、私が行ったのは、サフランボルという小さな美しい街(世界遺産に登録されている)の地元の人向けのハマムだった。
モスクのようなドーム型の施設で、何百年もの歴史があるところらしかった。勝手があまりわからずどきどきしながら、垢擦りをしてくれるおばあさんに、拙いトルコ語で挨拶をする。促されて、古い石造りの台に寝そべった。
隣にいたアメリカ人の同い年くらいの女性2人組も、ハマムははじめて、かつあまりトルコ語があまりわからないと話しかけててくれて、少し安心した。
トルコ語で「寝転んで」「向きを変えて」と言われているらしい指示(なかなかぶっきらぼう)にわたわた従いながら、彼女たちと目を合わせて笑いあった記憶がある。
かなりごしごしされて、マッサージありがたくすっきりしたけれど、やっぱり日本人だからか個人でゆっくり湯船にはいっているほうが落ち着くなぁと思った。でも、そのいつもと違うかんじが、旅しているのだと思えて、なんだか心地よい。
京都の銭湯で、古代ローマ風のハマムを思い出すなんて、漫画『テルマエロマエ』のようだ。
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お風呂をでると、味噌汁の匂いがした。あの奥の小部屋は、家のキッチンとつながっているのだろうか。先ほどの女将さんと、先にでたおばあさんは、昔ながらの体重計をはさんで談笑していた。
ドライヤーは昔ながらの椅子一体型のものだ。20円をいれる。椅子の右側についているハンドル(本当に自動車のハンドルの形)で、高さを調整する。椅子の横にはなぜか花瓶が落ちていた。20円の時間制限でどこまで乾くかなと思っていたら、一向に止まらない。
孫がハーバード大学に行っているとか、雷で旅行中に家が焼けてしまったご近所さんの話(ちょっと前の話と言っていたけど、おばあさんのちょっと前なのでけっこう前なのかもしれない)とか。思ったよりインパクトのある2人の談笑をなんとなく聞きながら、髪を乾かしきって、最後は自分でスイッチを切った。
いつも行く近所の銭湯は、歴史はあるものの、土地柄自分と同年代の人も多く、最近はサウナーにも訴求して若者も増、タイルのメンテナンスもされていて、パナソニックの最新のドライヤーがある。同じ銭湯でも、異世界だ。女将さんに挨拶をしてでていくと、「おおきに」と返された。
久しぶりにいつものパターンをはずれて、少しそわそわする。でも、そんな居心地の悪さに、なんだかわくわくしてしまう。あ、これって旅だなぁと、久しぶりに思い出した。
出張前日に泊まった宿坊で、お風呂がないということで案内されて、偶然出会った銭湯。
写真におさめたい雰囲気だったのですが、場所柄写真はとれないので、文章で記録してみました。
あとでレビューを見たら、男湯の脱衣所では、おじいさんたちが宴会をしていることもあるそうです。