
CABG後のカリウム補充と心房細動:JAMAの論文紹介
ポッドキャスト「ICUトーク」の第3話が公開されました!
YouTube
Spotify
今回は初の論文解説企画です。扱った論文はこちら👇️
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2823246
冠動脈バイパス術(CABG)術後のカリウム補充を緩めに行う群(< 3.6 mEq/Lで補充)と積極的に行う群(< 4.5 mEq/Lで補充)を比較して、心房細動の頻度が変わるかどうかを見た非劣性デザインのランダム化比較試験(RCT)でした。術後の心房細動は緩め群で27.8%に対し、積極群で26.2%でした。2群の差は1.7%(95%信頼区間 −2.6%〜5.9%)で事前設定された非劣性マージン(片側97.5%信頼区間の上限が10%)は超えず、3.6 mEq/Lを基準とした緩め戦略が非劣性であることが示されました。
このnoteでは、「ICUトーク」で論文紹介企画を立ち上げた理由と、取り上げる論文の種類を説明したうえで、今回の論文に関するぼくの考えをまとめていきます。
ICUトークで論文を紹介する理由
論文紹介は絶対にポッドキャストで扱いたいトピックでした。ぼくは以前から新しい論文で面白いものがあればXに投稿していました。できるだけ論文のエッセンスをぎゅっとまとめて投稿してきたつもりです。ただ、140字の制限では、研究の概要を書くとほとんど文字数を使い切ってしまい、ぼくの個人的な考えは一文程度にとどまっていました。
その点、ポッドキャストでは時間に余裕があるので、論文のどこに注目しているのか、結果をどう解釈するのか、さらにはその結果を日常診療にどう活かせるかまで、じっくり話すことができます。集中治療医が身近にいない方や、他施設の医師が論文をどう読んでいるかを知る機会がない方にとって、ぼくらの視点を届けることには意味があると思っています。
どんな論文を取り上げるのか?
ICUトークは集中治療に興味のある若手医師・医療スタッフ・医学生を対象にしています。そのため、紹介する論文も現場の診療に影響を与えうるものを選びます。具体的には、以下の2種類になります。
トップジャーナルに掲載されたRCT
ガイドラインやエキスパート・コンセンサス
トップジャーナル(NEJM、JAMA、Lancet)に掲載されるICU関連のRCTは年間20−30ありますし、ガイドラインやエキスパート・コンセンサスも年間10くらい出ているはずです。論文紹介は月1回のペースで配信するので、とても全てを取り上げることは出来ないですが、その中でも特にぼくらが面白いと感じたものを選んでお話していく予定です。
なぜ今回の論文を選んだのか?
今回の論文は「CABG術後のカリウム補充閾値が心房細動発生に影響するか?」を扱ったRCTでした。この論文を選んだ理由は3つあります。
1. JAMAに載ったRCTだから
先程述べたように、ICUトークで取り上げる論文カテゴリの一つでした。
2. ICUで日常的に遭遇するトピックだから
心臓手術後はICUの外科系患者さんの中で一番大きなグループです。そして心房細動は心臓手術後に問題になる不整脈として一番頻度が多いです。さらに、心房細動を予防するために高めのカリウム値を保つというプラクティスが広く行われています。つまり普段からICUで実践されている介入が本当に有効かどうかを検証する大事な研究です。
3. このトピック初の多施設RCTだから
単施設RCTで有効だった介入が、多施設RCTで無効となることは珍しくありません。トップジャーナルに掲載される単施設RCTでも、多施設RCTで再現されるまでは、その効果は確実とは言えません。この点で今回の論文は意義深いものでした。
この論文のキモはランダム化時点のカリウム値
このRCTの目的は、カリウム補充閾値を3.6 mEq/L vs. 4.5 mEq/Lで比較することでした。しかし、冠動脈バイパス後の平均カリウム値は両群で5.0 mEq/Lと高い状態から比較がスタートします(表1)。ここから、直感的に「3.6 mEq/Lを下回るケースは少ないのではないか?」と予想して、図3Aを見るとその予想があたっていたことがわかります。3.6 mEq/Lを切ったら補充する緩め群では、多くの患者さんが一度も補充されずに治療を終え、実際の平均カリウム値も初日が4.4 mEq/L、その後も4.1 mEq/L程度で推移していました(図3B)。
一方、4.5 mEq/Lを切ったら補充する積極群でも、平均カリウム値が4.5 mEq/L以上を維持していたのは2日目までで、それ以降は4.3 mEq/L程度まで低下しています。つまり、両群の間に1.0 mEq/L程度の差が生まれるはずだったにもかかわらず、実際には0.2〜0.3 mEq/L程度の差にとどまってしまったのです。
今回の論文のように、治療戦略を比較するRCTでは、2群間の介入における差が当初の予定より小さくなることがよく起こります。このタイプの試験では盲検化(目の前の患者さんがどちらの群に割り当てられているかわからないこと)は難しいことがほとんどで、結果的にいずれの群も割り当てられていない方に寄ってしまい差が小さくなりがちです。この論文も例に漏れず、結果の解釈にあたって大切なポイントです。
この結果をどう臨床に当てはめるのか
この論文の結論は以下の通りです。
CABG術後の心房細動を予防するために現在広く使用されている血清カリウム濃度4.5 mEq/Lを基準とする補充と比較して、血清カリウム濃度が3.6 mEq/Lを下回った場合にのみ補充を行う方法は非劣性であることが示された。この低い補充基準は、不整脈や有害な臨床転帰の増加とは関連していない。
ただし、このRCTが本当に「3.6 mEq/Lを下回るまで待つ」という戦略を評価できたのかを考えると、答えはNOだとぼくは考えます。ランダム化後のカリウム値が5.0 mEq/Lと高い状態から始まったため、低い補充目標群では多くの患者さんがそもそもカリウム補充を必要としないまま推移しました。また、高めの補充目標群でも設定した4.5 mEq/Lを維持できておらず、結果的に両群のカリウム値に大きな差が生まれなかったのです。この点を踏まえると、この論文が3.6 mEq/Lの補充閾値が4.5 mEq/Lと同等であることを十分に証明したとは言えません。
ぼく自身は、この研究を読む前から、CABG術後のカリウム補充基準を4.0 mEq/Lに設定していました。この値にした根拠は特にありませんが、この論文を読んだ後もその補充目標を変える理由は見当たりません。実際に3.6 mEq/Lを下回る患者さんが少なかったため、目標を3.6 mEq/Lに下げる必要性を感じないからです。一方で、4.5 mEq/L以上を維持できたわけでもなく、それによって心房細動の発生が劇的に減ることも示されなかったため、目標を4.5 mEq/Lに引き上げる理由もないと判断しました。
まとめ
ポッドキャスト「ICUトーク」で初の論文紹介企画を配信しました。このnoteでは、企画を立ち上げた背景や取り上げる論文の種類、そして今回紹介した論文の内容とぼくの解釈についてまとめました。
論文紹介企画は、集中治療に興味を持つ若手医師や医学生のみなさんにとって、最新のエビデンスを日常診療にどう活かせるかを考えるきっかけになればと思っています。今後も、4回に1回のペースで論文紹介を続けていく予定です。
「ICUトーク」に関するご感想やご意見は、ぜひハッシュタグ「#ICUトーク」をつけてSNSでシェアしてください。みなさんの声が、ぼくらの次の企画につながります!
いいなと思ったら応援しよう!
