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知り合いが多いってそんなにいいことなの?
友人に誘われてカジュアルな集まり?ホームパーティー?のようなものに行った。
このご時世ということもあり、ここ数年はとくに大方が知らない人たちという場に行くことがなく、その場の雰囲気や繰り広げられる自己紹介、空気感に戸惑った。
中でも違和感を覚えたのは、たくさんの人と知り合うことが是とされていることだった。
そんなことを言い出すと、なぜその場に行ったのかと聞かれてしまいそうなので説明をしておくと、あるキーワードに惹かれただけで集まりがあるとか、どんな場所で開催されるかを確認しきることなくとりあえず行ってみたのだった。
それはこちらの落ち度でしかないので友人を責めることはできないし、もちろん行ったことを後悔しているわけでもない。
むしろ、私の価値観を再確認できる機会になった。
パーティーなどの場では、より多くの人と繋がることが是とされているのは当たり前かもしれないので、今さらなにを言い出すのだという話題ではあるのかなと思われるかもしれない。
ただ、今の私にとってというか、もしかしたら今後もあまり必要のないことだと感じている。
正しくは、そういった場で無理をしてつくった繋がりが後になってなにか私を幸せにしたことはなかったし、むしろその後にどっと疲れが襲ってきたりするだけだった。
その時点で、「あ〜、この出会いは無理してるな〜、少なくとも今はタイミングではなかったのだろうな」と思ってしまう。
きっとお偉い方々やこれからそこを目指す方々などからすると甘いのだろうけれど、少なくともプライベートな時間ではいいのではと思ってしまう(それさえも甘いと言われてしまうと思うけれど)。
ただ、私にとって仕事の場合も同じような気がしている。
プライベートな時間であれ、仕事の時間であれ、「無理してるな〜」ということは少なくともタイミングじゃないということだろうと思ってしまう。
一緒に時間を共にするにも、もしかしたらプライベートよりも仕事の方がその感覚を大切にした方がいいのではと考えているぐらい。
「無理していることっていいことないやん?」っていうのが正直なところ。
あとは、自分の直感を過信しすぎかもしれないけれど、信用しているところはある。
「あ、今の私は無理してるな」が分かるとその無理はしなくていいと思ってしまう。疲れるし、今後の関係性でも私が疲れているということは、相手にも疲れる瞬間、少なくとも呼吸があっていないなという瞬間があるはずだから。
だからこそ、自分が今なにを感じているかの感度を持っていられることは私にとってとても重要なことで、そこを怠りたくない。
この感覚を大切にしていいのではと感じている、少なくとも今の私は。
きっとこれからもそう思うかもしれないし、そう思わないかもしれない。
そこは未来の私にお任せするとして、今の私は今日こんな風に思っていたのだということが記録できているといいなと思った。