釜の蓋を開けると言うこと
兄弟子のお茶室にお邪魔した。
師匠のお茶室でのお稽古が休みの日のこと。。。
玄関を開けたときからお香と炭の香り。釜のにえる音。
清められたお茶室に茶庭。
。。。そう、わたしのために整えられた空間!
なんて贅沢!!!
令和の時代、贅沢はしようと思えばいくらでもできるけれど、この贅沢は望んでできるものではない。
そして。
それがわかるわたしだと、思ってもらえたことも、また贅沢。
さて、茶庭をご案内いただき、その後、お茶の自主練習、となったのですが。。。
おろしたての茶巾、茶筅、お茶!
お茶は漉してあり、お道具も準備してあり、室来も素敵。
感動ヒトシオ。。。
しかし!
これだけでは終わらなかった。
なんとお干菓子を作っていてくださったのだ。
(´;ω;`)ウゥゥ
なんて心の豊かな人を兄弟子に持てたのだろう。
この兄弟子を育てた師匠に師事できるなんて、わたしはなんて果報者だろう。
お点前をして、釜の蓋を開ける。
それは、お茶を立てる準備の一つだけれど、そこに行きつくまでにある数多くの準備が終わらないと、たどり着くことがでない。
人はそれを「下準備」とか「水屋仕事」とか言うけれど、それって何よりも大切で、何よりも人を感動させる。
わたしも、誰かが釜の蓋を開けるお手伝いが出来る、そういう人でありたい。