#078: 「考えさせられましたピーポー」の限界?
「目から鱗ピーポーの限界」という、木下斉さんのvoicyを聴きました。
ある!ある!
手垢のついた、定型文のようなことを感想にして
思考停止して(実は自分のアタマで考えず)、
何も行動を起こさないのはもったいないよ、ということだと思いました。
「目から鱗」と言われて喜んでいた私
ワークショップを実施して
事後アンケートに答えていただいた際、
毎回、何人かの方から
「目から鱗でした」という感想をいただきます。
それを見て、
「わあ、これまで考えたこともなかったような視点だとか
気づいていなかった思い込みに気づかれる機会になったのかな」
と、喜んでいたんです。私。
もちろん、そういう機会にしてくださった方もいらっしゃったと思いますが
もしかしたら、今回の木下さんの放送のように
「目から鱗ピーポー」の方もいらっしゃったのかもしれません。
「知って満足。以上!」っていう。
「考えさせられました」も同様かも
そこで思い出した、よくある感想が
「考えさせられました」
というひとこと。
これも、思考停止の場合が多いのかな、と感じています。
言うなれば、「考えさせられましたピーポー」?。
ただ、一概に「考えなし」とは言えないかもしれないとも思います。
何かしら感情の動きが生まれていて、
それが言語化される前の感覚を
とりあえず「考えさせられました」と表現されている場合も
あるのではないかと。
言葉を紡ぐまでに、もう少し時間が必要なときとか。
それはそれで良いとも思っています。
ただ、面倒でもそこでやめたり、言葉にするのを諦めたりせずに
何について、何を考えたのかを
口に出すなり、ノートに書くなり、スマホにメモするなりしてみても
よいと思います。
そしたら、記憶も定着しやすいですし
あとで引き出しやすいです。
「考えさせられました」って、便利な言い回しで、
「何か自分の中には考えがあるんだけど、
あえて言わずにおきますね感」、があるような気もします。
SNSの投稿で、
写真とかウェブ記事の引用とともに
「考えさせられる」と書くとか、
テレビのコメンテーターさんが
次の話題に移る前の一区切りとして言う言葉な感じ。
(考えを言っちゃうと、叩かれたりする怖さもあるのかも?)
実際に行動する人は少ない
また、木下さんの放送の中で、
何かの講座に出席したり、視察に参加したり、本を読んだりしても
後で行動を起こして、
「こういうことをやってみました」とフィードバックをくれる人は
とても少ないとのこと。
別の場で、
浅田すぐる先生が「学びのエンタメ化」という表現を
していらっしゃいました。
どんどんインプットはするけど、
それ自体が楽しくて、そこでアウトプット・行動せずに終わってしまう。
特に、今は動画やテキストで、無料でどんどん情報が流れてくるので
その傾向が加速していると。
小さな行動でいい
一方で、こんな調査結果もあります。
「自己啓発」と聞いて、アンケートに答えた人がなにを思い浮かべるかに
回答が左右されると思いますが、
「目から鱗」と言っている人が
何かしらの自己啓発のコンテンツに触れてそう言っているのであれば
「まだマシ」なのかもしれません。
もしくは、学んでおきながら何もしないのは
「知っていてやらない」ということだから、より悪いことだ、と考える人もいるかもしれません。
私は、小さい行動でもいいので、
なにかやってみること・試してみることに価値があると思います。
無理したら続かないですから。
ベイビーステップで。
本音のキャリアを生ききる
こう書いていると、
何か生まれ変わったように違う生き方をするような感じが
してしまうかもしれませんが、
小さい行動の積み重ねで、
気づいたら自分のキャリア(まさに轍)ができていた、
そんな人が増えていったらいいなと思っています。
やってみないとわからないし、
やってみて、「あ、違った」と思ったら
別のことを試してみましょう。
小さい行動をするコツは、
「〜を意識する」で留めないことです。
「目的を意識します」
「相手に関心を持つよう意識します」
「相手の話の背景を意識します」
などと言って、
何か実際に行動をしている人をあまり見たことがないので・・・。
そう言う時は、
もう一段、具体的に表現してみてください。
今回もお読みいただだき、どうもありがとうございました。
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