因縁

 灯台下暗し。繁華街からほんのちょっと離れた所が一番暗い。
 そんな人気の少ない雑居ビル群の脇に一人で黙って座っている男。一見静かな佇まいではあるが、その実、一点を見つめ、試合前のファイターの様に自身の気を練り上げている。ふと腕時計に目をやって時間を確認すると、より一層気合の入った瞳を以って立ち上がり、男は人混みの中へ歩き出す。
 人気のない高架下に到着する男。夜の闇が包む中、男は練り上げた気を充填させたまま、「ある人」を待つ。ほどなくして、男の待つ所へ、凛とした雰囲気を纏った一人の女が近付いてくる。派手ではないが、どこか華やかさのあるファッションと、手入れの行き届いたロングヘアーはこんな人気のない闇の中より、賑やかな歓楽街が似合うのではないかと思わせ、実際に歩いている場所との間に違和感を生み出している。しかし、何一つ躊躇う様子もなく男に対峙する形で女が立ち止まる。
 見合う二人。

男「わざわざ御足労どうも。」

 女は周囲に視線だけを配り、気配を探る。

女「他に連れ合いはいないようね?」

男「ケッ!んなチンケな真似するかよ。女一人で来てくれるんだ。俺はちゃんと一人で向かい合う。」
女「紳士なのね。」

 女がニヤリと笑う。
 不敵な笑みを浮かべ合う二人。

男「前に“仕事場”で会ったが、アンタそんな声してたんだな。」

 さらに笑みを強める男とは対照的に、女からは笑顔が消える。

女「で、話っていうのは?」
男「アンタ、最近この辺を中心に仕事を始めたらしいな。噂じゃ相当腕が良くて、ガンガン稼いでるらしいじゃねぇか。」
女「それが?」
男「仕事に精を出されんのはいいんだけどよ。ただ、元々ここをシマにしてる人間からすると、飯の種が減って、ちと住みづらくなってんだわ。」
女「で、出て行ってほしくて、その当人をこんなところに呼び出したの?」
男「まぁな。」

 言いながら、男は女と目を合わせたまま、軽く首を回し、肩甲骨から肩を動かして準備運動を始める。

 女「その様子じゃ、穏やかに話し合いで手を打ってくれるわけじゃなさそうね。」

 女は嘲笑じみた軽い笑みを浮かべる。

 男「力で生きていくための場所、勿論力で掴み取らなきゃだろ?」

 徐々に全身運動に入り、準備万端といった様子で構え始める男。
 それを見て、女も軽く息を吐き出すと目の色を変えて男に鋭い視線を向ける。

 女「私もこの世界で生きているプロ。女だからって舐めてかかると、痛い    目見るわよ。」

 女も静かに構える。

 少しの沈黙の後、一気に駆け出す二人。
 インファイトで序盤から畳みかけてくる男の攻撃を、女は巧みに捌きつつも、隙をついて攻撃を繰り出す。両者互角。
 しかし、女はそんな展開からさらに隙を見つけ、男の右フックを右前腕で受けると、すかさず右手刀で上から自身の右後方へ流しつつ、左手で男の右手首を掴むと、右手掌底と共に固定し、男の手を今度は自身の左側へ捌き、男の体勢を崩させる。無駄のない素早い動きに翻弄された男の表情に、焦りの色が見える。女は、男の体勢を崩し、手首を極め落とす寸前に、男の手をしっかり固定している自身の手元を見る。すると、突然女は固めていた手を振り放し、再び打撃戦を展開する。
 それからなかなか関節技を繰り出す素振りの見えない女の動きから男が隙を見つけ、女の背後に回ると、左腕を女の首前に回し、スリーパーホールドの体勢に入る。

 男「へっ!今度は俺の番だ!」

 そんな男の挑発に、女の方が慌てたり、ジタバタと藻掻く気配はない。

 女「どぅひっ!」

 嗚咽というよりも何かやましい笑みがこぼれてしまった時の様な声が女から発せられる。
女の背後に立っているが為に、表情を窺い知れない男が咄嗟の出来事に刹那困惑した瞬間の緩みに、女は男の腕を掴み体落としを繰り出す。背面から地面に叩き落された男の上に、続けざまに女が踵落としを繰り出すが、男はギリギリ受け止め、弾き上げる。そして、その勢いを利用して、跳ね起きるとすぐさま反撃に転じる。猛攻を仕掛ける男ではあるが、女の体裁きからして、戦局は明らかだった。
 男の動きの隙を捉えると、女は滑らかながらも刺すように早く的確な攻撃を打ち込む。それにより体制が崩れた男の顔面に膝蹴りを食らわせると、女はその反動で上がった男の頭部にさらに待ち構えていたと言わんばかりに、素早く右後ろ回し蹴りを打ち込む。崩れ込む男。
 勝負は決まったかに思えた。が、男は連続した頭部へのダメージにより意識朦朧となりながらも、まだ闘志の火を失わず、必死に女に食らいついていく。自分の意識が遠のかないように必死に留めるかのように、男は女の足元にしがみつくと少しずつ這い上がっていく。腿から腰を掴み、シャツの腹部を掴むと、最後に胸倉にしがみつき這い上がり、男は女の目の前までグッと顔を近付ける。

 男「へっ・・・。まだ、終わっちゃいね・・・」

 男が言い終わるまで待たず、女は目が一瞬泳いだかに見えた瞬間、それまでより速い速度で、男を振り放すと、左後ろ蹴りで男を吹っ飛ばしてしまう。今度こそ勝負あり。
 
 最後に蹴り飛ばされた胸元をさすりながら、男が起き上がる。

 男「いてて・・・。大した腕だな。
   さすがにここまで強いと、俺も黙ってこの町を出て行・・・。」
 女「いやー危なかった!“ほぼ!”互角で、今回は何とか勝てたが、次回会うときはわからないから。早急に腕を上げておく必要があるなー!」

 女はあさっての方向を向いて、男の言葉を遮るように早口でまくし立てる。

 男「え?・・・・いや、次はない・・・」
 女「さぁそうなったら、さっそく戻って鍛錬に入らないと!」
 男「え・・・いや、あの・・・」

 男の言葉を全く聞く気配がなく、足早に歩き始める女。しかし、途中で立ち止まると、急に男の方を振り返る。

 女「私は普段得物を使って仕事をしている。
   今日はお前が呼んだから、何も持たずに来たんだ!」

 言うと、再び足早に立ち去る女。

 男「・・・。
   ん?あ、え???」


                                       (終)

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