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【記憶の街へ#13】たい焼きの陰謀と15の夜

(1555文字)

1984年、中学2年生のボクたちは、なんとなく宙ぶらりんだった。
2学年上までは、ボクたちの中学校もご多分に漏れず荒れていた。
校内暴力は当たり前だったし、ガラスは割れていたし、トイレに入れば先輩がタバコを吸っていたし、焼却炉の裏でシンナーを吸っている先輩に口止めされることも多々あった。
授業中の校庭には卒業生がバイクで入ってきて走り回ったし、卒業してすぐ、まさに新卒でヤクザに「就職」した先輩もいた。
その何年か前までの卒業式は警察立ち会いで行われていた。

それが、1学年上で少し大人しくなり、ボクたちの世代ではいわゆる不良はいなくなった。
今考えると、先生たちがうまく抑え込んだようにも思えるが、生徒たちが「そんなことをしても得なことはない」ということが分かってしまったからというのが大きいと思う。
服装のチェックは厳しくなり、抑え込まれている感じはあったが、強硬に反抗しようという生徒はいなかった。

なんとなくシラけていた。

「俺さ、なんでだか分かったんだよ」
ある日、真剣な目で必要以上に顔を近づけながら、友人のNが言ってきた。
「およげ!たいやきくんだよ」
彼が言うにはこういうことだ。
「およげ!たいやきくん」は、毎日毎日鉄板で焼かれていることに耐えられなくなったたい焼きが反抗し、ドロップアウトする。
そして海で自由を謳歌するが、結局は釣り人に釣られて食べられてしまうという歌。
つまり、ドロップアウトしても無駄だよというメッセージで、ボクたちは知らず知らずのうちに洗脳されていたのだ。
あの曲は大人たちの陰謀だったのだと。
彼はその後、ボクとバンドを組み、ボーカルを務めるが、隣の市で行われた成人式で演奏した際に、なぜか突然ズボンを下ろし、仁王立ちでパンツを見せる。
およげ!たいやきくん説に信憑性はない。

みんながなんとなく、閉塞感に苛立ちながら、高校受験前の時間を過ごしていたある日、技術のT先生が教室に赤いテレコを持って入ってきた。
テレコ、覚えてます?
サンヨー、おしゃれなテレコ、ですよ。ラジカセですね。
T先生は大人しいイメージで、怒ったところを見たことがない。口数も多い方ではなく、教師というより寡黙な職人さんという感じ。
そのT先生が教壇にテレコを置いて口を開いた。

「君たちは毎日学校に来て勉強をしているけど、なぜだ?来年になれば高校受験が待っているからか?それじゃなんで高校を受験する?みんなちゃんと自分で考えているか?これを聴いて考えて欲しい」

そう言ってT先生はテレコの再生スイッチを入れた。
流れてきたのは尾崎豊の「17歳の地図」と「15の夜」。
尾崎豊がデビューして半年ほどのことで、まだ人気はなかった頃だと思う。
その2曲だけを聴かせると、先生は黙って教室を出て行った。

ボクたちは衝撃を受けた。
とにかく歌詞が強烈だった。こんな歌詞の曲は聴いたことがなかった。

盗んだバイクで走り出す
行き先も解らぬまま
暗い夜の帳の中へ

15の夜

よく分からない不安や苛立ちを抱えていたボクたちは共感した。

それからボクたちの学年では尾崎豊がブームになり、カセットテープがダビングされていった。
それで生徒が荒れることはなかったが、あれからなんとなく空気が変わった気がする。

振り返ると、ボクにとってもそれは大きな出来事だった。
尾崎豊の曲ではなく、T先生の行動が、だ。
授業の時間に、反抗を促すと捉えられても仕方ないような曲を生徒に聴かせる。
そして詳しく説明せずに去っていく。
生徒を抑え込んでいる教師たちの中で、T先生の行動自体がドロップアウトだった。
先生の本気の気持ちは充分に生徒に伝わったと思う。
もし今T先生に会うことができたら、飲みながら話してみたい。

友人のNも尾崎豊の曲を口ずさむようになった。

盗んだバイクが走り出す〜

勝手にか?
それはホラーだ。



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