【創作大賞2024感想】紫に還る/酒本歩
創作大賞2024ファンタジー小説部門応募作、酒本歩先生の「紫に還る」を読了。
全36話、13.9万字を一気に楽しませてもらいました。
酒本歩先生はプロのミステリ作家さんですが、ファンタジーも書けるのか〜、ずるいよ〜というのが率直な感想(笑)
しかも正統派冒険ファンタジー。参りました。
舞台は架空の世界。小麦を全滅させる紫草や竜の襲来に人々は怯えて暮らしている。その世界で小さな部族の少年が自らの大いなる力に翻弄され、覚醒し、仲間たちと問題を解決し、この世界の謎を解いていく。
ホント、正統派です。
小さな部族で育った主人公、大国の王女というヒロイン、頼れる部族長、勇敢な仲間にお調子者の幼なじみ、道標となる長老。登場するキャラクターもお約束通り。
「お約束通り」と書いてしまうと、なんだかつまらないというようなニュアンスが含まれているように感じてしまうかもしれないが、然に非ず。
あ、言ってみたかったんですよね、サニアラズ!って。
しっかりと組み上げられたストーリー、徐々に紐解かれていく謎とともに旅をするには、余計な設定や必要以上の個性は邪魔になる。
書き手によっては、キャラクターに思い入れが強くなって、余計な個性をいれてしまう場合もあると思う。
しかし、キャラクターに余計な個性がないからこそ、滞りなく読み進めることができるんですよね。
そう、酒本歩先生の作品はすらりと読めてしまうんですよ。そしてそのスピード感が絶妙。
街を見下ろす高台から、緩く長い坂道を自転車で下っていく感じ。
最初は遠くに見えていた街が少しずつ近づいてきて、流れる風景のスピードが速くなる。
だけど決してそれはエンジン付きの乗り物のスピードはなく、急加速も急ブレーキもない。やっぱり自転車なんですよね。重力に任せた自然な加速と疾走感。
だから流れる風景もはっきりとした輪郭で見ることができる。
これは酒本歩先生の「ロスト・ドッグ」を拝読した時も感じたこと。
そしてその緩く長い坂道は、決して自然にできたものではなく、緻密な計算と設計によって成り立っているというこは、酒本歩先生が公開している「小説の書き方」でわかる。
このマガジンにまとめられている記事を読むと、いかに緻密なプロットを組み立て、さらに試行錯誤を重ねているかが分かる。
プロの作家さんがこうしたことを公開してくれているというのは、ボクのようなヨチヨチ歩きの物書きには本当にありがたい。
もちろん、読んでいる途中にそんなことは感じられない。
本当に、サラサラっと書いているんじゃないかと思うくらい。難しい表現や奇を衒った表現もない。
昭和に活躍した漫才コンビ「やすしきよし」の西川きよしさんがこんなことを言っていた。
「漫才は稽古に稽古を重ねてね、それを舞台にかけて、見たお客さんが、あんたたちは馬鹿なことばかり言っててお金もらえるんだから良いねぇ、と言ってくれたら、よし!と思うんですよ」
お笑いは努力が透けて見えては笑えない。
同じように、小説は緻密な計算が見えてしまっては、すらりと読み進められないと思う。
話をこの小説に戻すと、軽く置かれた伏線が小気味よく回収されていくのがたまらない。予想通りということもなく変化球でもない。時々、予想が軽く掠るくらいの伏線。この角度が絶妙ですね。
だから読者は迷子になることもなく、この世界にどっぷり浸かっ他まま、彼らと一緒に旅をすることができる。
これも緻密なプロットが成せる技なんでしょう。
と、ここまで書いてみて思ったけど、酒本歩先生のプロットの構築は、ミステリもファンタジーも変わりないのではないかな。
今作の場合、この世界の謎を解くということについてはミステリとも言える。
ん〜、騙された。酒本歩先生、ファンタジーな世界を舞台にしたミステリじゃないですか(笑)
とにかく、読み始めてしまえば止まらないことは必至です。
緩く長い坂道を自転車で下る疾走感を味わってみてはいかがでしょう?
終