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小説「ムメイの花」 #15定義の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。


右手の花は今日も頑なに黙り続け、
花を見ることの意味を教えてはくれない。

さらに、新たな問題が僕を悩ませていた。


最近、花の成長が遅い気がする。


気のせいだと思っていたけど
今日だって、ちょうど良い花を
見つけるのにだいぶ時間がかかった。


考えごとをしていると、
カメラが僕に向けられていることを感じた。

デルタだ。

「おはよう、デルタ」
「アルファの顔、全部同じ表情だぁ。
 今朝は111枚も写真撮れたよぉ。
 トリプルでラッキーな朝ぁ。あ、おはよぉ」

111枚?
花に集中しすぎて、
そんなにデルタに気が付かなかったのか。


僕が考えごとをしているときは
大抵、数字に関することだと
この星のムメイ人たちは思っているだろう。

相談をしたら、らしくないと
驚かれるかもしれないけど、
デルタならきっとわかってくれるはず。

僕は思い切って、
花の成長について打ち明けてみた。


「デルタは最近、変だなぁと思うことはない?
 例えば花の成長が遅いって感じる、とか?」
「うん、思うよぉ」


カメラを下ろし、 あっさり答えるデルタ。
ポケットから2枚の写真を取り出し、続けた。

「これ見てぇ」

「先月撮った写真と昨日の写真、変だよねぇ」

僕が質問をしたことではあったけど
デルタとの距離が近くなり
写真を見ることに緊張してしまった。



タイミングよく、ブラボーが来た。

どんな状況だろうと、
相変わらず目の前でつまずいて、本を落とす。


いつもどおりのブラボーをの姿を見た僕は
平常心を必死に取り戻した。


「アルファ、デルタ。おはよう!
 この前アルファが言っていた、
 花の意味に関してなんだけど、
 花の意味を辞書で調べてみたんだ!

せっかく平常心を取り戻したけれど、
答えがわかるかもしれないと思うと
期待を抑えられなかった。

「さすがブラボー。
 それで、辞書には何て書いてあった?」

「辞書にはね
『その人が感じたもの』って書いてあったんだ」


僕とブラボーの興奮した言葉とは反対に、
デルタはゆっくりと言った。

「わぁ、その人が感じたものぉ。自由だねぇ」

「いやいや、ブラボー、
 そんな冗談はよしてくれよ。
 辞書がそんな曖昧なはずはない」


「それなら、新解釈をしてみたらどうかな?

 辞書はムメイ人が共通して
 言葉を認識できるようにできている。

 アルファだけの辞書を作ってしまうんだ!



「誰も知らない辞書ぉ、
 アルファの辞書には
 何て書いてあるのぉー?」


僕は頭の中で、試しに
僕の辞書に記された
花のページを開いてみた。 

1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89……

いったい、誰が面白いと思うのだろう。
そこには淡々と数列が記されていた。


「僕が定義って訳か……」

ふたりの前で呟いてみたものの
そんなの不確かすぎる。

でも確かに、公の辞書ですら
ムメイ人の誰かが決めた
この星を保つための定義だ。


1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89……

永遠と続く数列のページ。
言葉にできず閉じようとした。


右手の花を見ると、なぜだか
閉じようとした手が止まった。


もう少しだけ、
僕の定義を考えてみるとしよう。


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