猟ではよくハト撃ちに始りハト撃ちに終わると言われる。確かに歩き回らず、楽だが意外と難しい。ハトを撃たせれば普段大言壮語を吐いてる人が、何だ下手なのかとすぐわかる。だから大言壮語を吐いている人はハトは撃たない事です。ハトといっても狩猟出来るのはキジバトという種類だが、キジバトは竹林等で群れで寝ている。しかも帰るコースが結構決まっているので帰るコースの下で待っていれば次々に飛んでくるので楽である。が、風が強い日などはこれが大変に難しい。風が強い時はジェット機と間違うほどえらいスピ
私の趣味は因果な趣味だと思います。蝶の卵のために死すなんて洒落にもなりません。 あんた、馬鹿じゃないのと言われそうです。いかに人間、欲に目が眩むと周りが見えなくなるかという事です。 冬山の大雪のなか、雪が深く積もったバス道を登っている時、道の脇にミズナラの大木があり、いかにもお目当てのゼフィルスのアイノミドリシジミという蝶が卵を産みそうな木がありました。道から下を覗くと崖になっていてしかし少し足場が有りました。バス道から降りても背が届いて登ってこれそうな所に見えました。危
カラスは狩猟鳥であるがなかなか撃ち取るのが難しい。カラスは頭がいいというのは本当である。私が頭上に向こうから近付いてくるカラスを狙って待ち構えていると、もうちょっとで射程距離だ、と思ったところで急にカラスはホバリングをして方向を変えるのである。その目はたいしたものである。だからなかなか撃つことが出来ない。 だがそれだけでなく私はカラスを撃つことが嫌いである。何故って上空のカラスを撃った時、簡単に落ちてくればいいのになんと時代劇の切られた役者のようにやられたとゆう見栄を切るの
富士山の裾野の青木ケ原樹海は怖いところとして有名ですが、私は友人と珍しいカミキリ虫を探すため分け入り青木ケ原の樹海の中でテントを張って泊まった事があったのですが、超怖い想いをしました。2度とあんな所でテントを張りたいとは思いません。昼間でも薄暗く、溶岩がデコボコして大きな窪みがあると思えば高くなっている所があって見通しが全然聞きません。大きな窪みに入ると全く方向感覚がわからなくなってしまいます。周りがいつまでも似たような景色なので道に迷うわけです。暗くなって来たのでテントを張
キジはオスはとても綺麗な色をしていて日本の国鳥である。キジは田や畑の廻りの藪や茅にいることが多い。田や畑を荒らす狩猟鳥である。やはり犬が頼りだ。畑の廻りにある茅の中とか荒れ地などに潜んでいる。ハンターはそこを狙う。キジの足跡が地面に残っている場所がある。そうゆう所で犬を藪に放つと強いポイントをして鳥のいる辺りを体で指し示してくれる。ハンターには犬のその迫力さでキジとの近さがわかる。ここがまさに猟犬の真骨頂である。ここで行けと言って犬が飛び込めば撃てばいい。普通は西洋ではそうな
前、奄美大島へ珍しい蝶を探しに行った事があったのですが、毒蛇のハブがいるという事なので、保健所で血清の注射を借り、森の奥へ奥へと分け行った事がありました。 歩きだしの頃、さっそく見たこともない蝶があらわれ、夢中になって捕虫網を振り回したのですが藪があり、藪の中に突っ込んだそこに側溝があるのがわからずかなり深い側溝に落ちた事がありました。簡単には藪もあり起き上がれませんでした。バタバタやってて、もしそこに毒蛇のハブが居たらまず間違いなく体の何処かを噛まれていたでしょう。今思
蟻の動きまわるさまを観察していると蟻1匹はともかく、大量の蟻が動きまわる運動量は物凄いものがあると思います。蟻について私の私見ではゴキブリより生き残るのではないかと思う時があります。蟻を拡大してみると単純な構造でまるでロボットのように見えます。大量生産に向いています。これが大量に生産されたらと思うと恐ろしくなります。ゾッとします。蟻だとバカにしないことです。蟻1匹だと簡単に踏みつぶさない事です。
何故、昆虫は花にとまるかと、考えた事があります。どう区別しているのかと疑問に思った事があります。何故飛んでて花と識別するのか、そのなかであの植物の花がなかにはヘリコプターなどの着陸マークが花の中に見える、つまり+字や星形の図形に見えると聞いた事があります。だから昆虫はそれを目指す。なるほどと思いました。しかしよく考えますと、なんとつまりこれは植物が凄いという事になります。何故なら植物がそうゆう風に昆虫から写るようにしたという事ですから。それは全く恐ろしいくらいです。
人生の色々な教訓を書きたいと思います。私が思うにやはり世の中良い人ばかりではないとゆう事です。悪い人は確実にいます。そして私が思うに世の中で特に気を付けるのは、詐欺師に、詐欺的な事をしてくる人に特に気を付けるべきだという事です。せちがらいですが、これが事実です。役者かと思うほど演技が上手い人が一杯います。普通に見える女性が男性が、若い人も年寄りも、友達が夫が妻が自分を騙す事があるという事を残念ですが常に頭に入れておくべきだと思います。そうすれば被害に会わないですむかも知れませ
朝起きると外は真っ白である。ここは立科、けっこう雪は積もっている。雪景色を見て、これはけっこうとひとり大声で喜ぶ筆者であった。なぜならウサギや鳥の足跡がハッキリ見えるから、どの辺にいるかよくわかるのである。今日は山鳥を狙う事としょう。筆者はプリプリに張り切ったのである。しかし我が自慢の愛犬は今日も行くの、苦労なこってとゆう顔をしてのろのろと犬小屋から出て、上目遣いに筆者を見る。筆者は百年犬を養うは今日のためであるとゆう顔をして鎖を引っ張るのである。山に入ると小さな沢を直登する
山の森の中でふくろう親子が幸せに暮らしていました。ふくろうの子はいつもお母さんふくろうのそばを離れませんでした。お母さんふくろうはいつもやれやれとゆう顔をしていました。そんな幸せなふくろう親子にある嵐の日 ここからは前に書いた有料記事のふくろう親子の物語を読んで下さい。
# エッセイ # 人生訓 蝶を標本にしょうとする時、どうしても羽が破れていない完品がほしくなる。しかしなかなか捕虫網で捕るのは大変です。ではどうするか、お目当ての蝶の卵を採集してきて家で食草を与え育て羽化した蝶を展翅すればいいのです。しかし口で言うのは簡単ですが冬山へ行かなければなりません。前、こんなことがありました。雪の冬山で葉の落ちた高い木に登って蝶の卵を採っている時でした。近くで猟師の鉄砲の音がしました。その時初めて私は築きました。私は黒づくめの服、こんな冬
僕の狩猟体験をこのタイトルでお話ししましょう。 僕は28才から狩猟を始めました。よく蓼科で猟をしました。僕が1つ言いたいのは狩猟の本であれは本当に1人で行った時の話しかと思うのがあるからです。読むとなかなか勇ましい事を言ってスーパーマンのような事を言っていますが、僕の体験では実際は1人で行った時はそんなものではないと思います。北海道へヒグマ撃ちに1人で前に行った時、村の駐在所でヒグマの出るところを聞いて山に入った時の事をお話しします。ヒグマがいるという山道を登って行った時、
昔、ある村に父と子が住んでいました。母親はその子が赤ちゃんの時、病気で亡くなってしまいました。 子供は男の子で5才でした。とても明るく元気で父に優しい子供でした。父が畑で耕している近くでいつもニコニコ遊んでいました。畑作業の帰りは父の荷物を、持ってくれる子供でした。 ある日その男の子は山に父のためにキノコを採りに行って、崖から落ちて亡くなってしまいました。父はあまりの悲しさに泣いて泣いて過ごしていました。つくづく惜しい、つくづく惜しいといつもつぶやいていました。 あまり