月明かりが消えた海③
ある日、三人でドライブに行った帰り。
アルバイトに出かける朝日を降ろし、残された優月と私。
「優月、美里を家まで送って」
朝日が去り際に言う。
「おう」
右手を挙げて答える優月。
「美里ちゃん、前乗って」
後部座席から助手席に乗り換えて、朝日と別れた。
こんな場面はこれまでもあったのに・・・
何故か今日は胸が騒ぐ。
鼓動が速くなっていくのを感じた。
車が動き出すと、優月の耳に届くか届かないかの声で
「海が見たい」
と呟く。
届くように祈る様な気持ちで、じっと前を見つめていた。
車はゆっくりと加速し、夜の海へと誘われた。
夕日が沈み、うっすらと暗闇が支配し始める海。
月明かりが夜の海を照らし、水しぶきが所々キラキラと輝く。
車を降りて、砂浜を歩く。
朝日とは違い、普段からあまり多くを語らない彼だけれど、今日はいつもよりも更に無口に思えた。
「水、冷たいかな?」
沈黙に耐えられなくなって、小走りで水際に行き、足を浸す。
水は想像していたよりも冷たく、火照った身体をクールダウンさせた。
それにより、ぼやけた意識が輪郭を現し、抑えていた気持ちが溢れ出た。
追いかけてきた優月に振り返って
「ねぇ、私・・・」
言いかけたその言葉を遮るように
「あいつ、本当にいいヤツだよな」
真っ直ぐに私を見つめる優月。
優月の言葉は、私の想いをあと少しの所で止めた。
(今のままでいいんだ)
自分に言い聞かせるように頷き、砂浜へ戻ろうとした。
その時、月が雲に隠れ、一瞬の暗闇の中でバランスを崩した私は、優月の胸の中へ飛び込んでしまった。
咄嗟に離れようとする私を、優月が不意に抱き寄せた。
「ごめん・・・やっぱり無理だ、俺。今だけ、もう少しこのままで」
それは、優月からの優しい告白だった。
それぞれの心の中で芽生え、育み続けた私とアイツの想いは、月明かりが消えた暗闇の中で重なった。
でも、私達は解っている、この恋には先がない事を。
「朝日を悲しませたくないんだ」
私をギュッと抱きしめながら、絞り出すような苦し気な声で呟く。
優月の想いが伝わってくる。
「・・・わかってる」
そう答えた。
「ごめん」
甘く切ない声の余韻が、ゆっくりと私の中に浸透していった。
月が雲間から顔を出し、辺りが明るくなった気配を感じ、私達は自然に離れた。
見つめあう瞳の奥に、固い決意を滲ませて。
月明かりに照らされたら終わる、儚い恋の話。
(完)
(イラスト saku)