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底に落ちる
彼を救えない。
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貫井徳郎さんの「慟哭」という小説を読んだ。俗語に「闇落ち」ということばがあるが、まさしくそのとおりだと思った。
絶望を負った彼は、浮世離れした世界を信じた。そうでもしないと自身がくずれてしまったのだろう。その世界を信じるためには、暗い穴の底に落ちる必要があった。
落ちることをいとわなかった彼を直視することは、僕には苦しかった。
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そう、読み終わるときには、僕の胸の奥には重苦しさがあった。呼吸さえ億劫になるような。
読書とはだれかの人生をのぞき見ること。のぞき見る者の精神状態によっては架空の人間の絶望に引っ張られてしまう。
この「慟哭」という小説がまさしくそうだった。重力のような絶対的な引力が、僕の心を底まで道連れにしよう。あらがおうとするためには、ページから目を離すしかないが著者の手腕によってそれもかなわない。
救いはどこだとあえぎながら最後のページを求める。最後のページでかわされる、最後の会話。
僕はあきらめる。ここに救いはもとよりなかったのだ。
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もう二度と読みたくないという気持ちともう一度最初から読み返したいという気持ちがないまぜになった読後。どうして読み返したくなるかは言及できない。興味があればぜひ読んでみてほしい。
注意点としては、精神がうしろ向きではないときに読むべきだ。読者が底からもどれなくなる可能性がある。