ぬるさと生産性のニワトリタマゴ②
前のnoteで成果を意識したら、途端に不安になって、やたら虐待のニュースや誰かを批判するツイートばかり目に入れるようになってしまった。
このnoteも実名晒して取り組まないと無責任なんじゃないか?
目に見えた成果を得ないとダメなんじゃない?
みたいな、楽しさからの逆走を始めた。
ほんとすぐ気持ちが転ぶなあ…とため息が出る。
まあソーシャルな活動としてはヨチヨチ歩きもいいところなのでガンガン転んでいこう。赤ちゃんに学ぶ正攻法だ!
ということで本題に。
楽しさを手放さずに思考するなら、施設でできる生産性の高い仕事って何だろう。
心理職の仕事だけ考えるなら、もう心理の相談室に来ただけで困りごとが治る、いや、治るというか、「治すとか治らないとか別にどっちでも良いよ。今のままで大丈夫」って感覚が持てる、という場を提供すると良いと思っている。
「今の自分にとって、どれがどんな風に問題だったんだっけ?イイじゃん、今の自分。サイコー。」ってなるプロセスにお付き合いしたい。
これに関しては昔に比べて力がついてきている気もする。こうして言葉にもできてる。
イイじゃん、昔より、今の自分。サイコー。
今度は施設全体として。
施設で暮らす子どもが社会で自立できる力を身につける、転んでも大丈夫なセーフティネットが構築できる、というのが達成目標だとしたら、方向性としては「これからの時代の中で自立できる」というのがポイントだろう。
これからの時代を生きたことがない施設の職員が、これからの時代を生きていける方法をどうやって子どもに教えられるのか。職員も実践して確認済みである「今より前の時代では役立っていた自立の方法」を詰め込んで、どこまでこの後の世界を楽しめるのか。
もちろん様々なハンデを負って、自立をゴールに設定するとしたら、0からのスタートどころかマイナスからスタートの子どももいるし、自立以前の、人としての基礎の基礎を作ることを支える既存の仕事は重要だけど、
でも施設を出た後を生きるってハードモードだし、マイナスからスタートした子どもに他の子どもと同じレールの上で勝負しろってのは言えない。
追いついたり追い抜いたりが好きな子どもならまだしも、勝負の文脈が合わない子には、「別の方法」でハッピーに生きられる道を示してあげられた方が良い。
そう、この「別の方法」のバリエーション。
多様性。
自分が選ばない価値観と同じ世界の中で共存する方法。
そして実際に食っていける道筋。
これを子どもに伝えて身につけるまで事を運べる施設だったら、ものすごくアツいと思う。
子ども達の暮らしを維持しつつ、職員が同時進行で事業に取り組んで、今以降の世界で実際にお金なり信用なりを稼いでいくことができたら面白そう。
苦しい既存のレールに乗らず、子どもと一緒に新しい道を作る。
当たり前の生活を守る、を通り越して、新しい当たり前を作る。
傷を回復しなきゃない何かの被害者じゃなくて、新しい生き方への挑戦者としての文脈を生きる。
社会的養護というフィールドでこの文脈の切り替えができたら、これ、超生産性高くない?
長くなってしまったけれど、歩きたい道筋が言葉にできて良かった。
こうなると、やっぱり面白い事をどんどんやってみないと。
現状出口のないぬるさを見てニワトリタマゴしてる時間は、別のことに使おう。
ぬるくても成り立っている部分に感謝しよう。
何しよう。ワクワクするなあ!(具体的にコレをしたよ、というnoteを書きたい…ゆきちかさん先生の次回作にご期待ください…)
ゆきちかさん