ボウイ訃報から5日後。渋谷陽一のワールドロックナウ

2016年1月10日、69歳で逝去したデヴィッド・ボウイの追悼特集。

渋谷さんのラジオを聴くのは本当に久しぶりで、古いCDラジカセを引っ張り出して時間前にNHKFMに合わせてスタンバイ。
空の「カセットテープ」もあるので学生時代の頃のように録音しようかな、とも思った。
でも。

オンエアの23時になるのが怖かった。
1月11日の夕方にあのニュースを聞いて以来、ボウイの曲が一切聴けなくなった。
新譜★は亡くなる前にタイトル曲とラザルスをYOUTUBEで視聴していたが
でも全曲聴いたら、それで本当に全てが終わってしまう気がした。

聴いてしまったら、全て認めなきゃいけない。いや、すでに認めてはいるつもりなんだけど

などとウダウダ考えはじめオンエア直前になってトイレに立てこもったりもした。

そして11時。覚悟を決めてラジオの前にほぼ正座。
「こんばんは、渋谷陽一です」
ああ、高校時代から聞いていたおなじみの挨拶。

ちっとも変わっていない渋谷さんの声は、私をほっと安心させてくれ
15歳のあの頃へ引き戻してくれるようだった。
死刑台にのぼるような緊張感はそこで消えた。

渋谷さんは今回のニューアルバム発表から訃報までの一連の流れを説明し
「今の僕に出来ることは曲をかけること」と言っていただろうか。

時おり声を詰まらせ、必死で涙を堪えているようだった。
そして自らの死を自覚しながら作られたこのアルバムと、それすらも作品化してしまうアーティストとしての透徹した精神に対する心からの敬服を語っていた。

そして「★」の中から4曲がオンエアされた。
渋谷さんが何度も何度も「みずみずしい」と表現していたそのアルバムは、
まるで「ロウ」や「ヒーローズ」の頃のような先鋭的な若々しさ、そして吹き渡る風のような透明感に満ちた素晴らしいものだった。

聴いている間、「デヴィッド・ボウイがもういない」という現実を忘れてしまうほどにただひたすら純粋にその音楽の世界に浸りきった。

彼が私たちに遺してくれた最後のプレゼント。

「自分の死」すらも「作品の一部」としてしまうデヴィッド・ボウイ。
こんなことが出来るアーティストが他にいるだろうか。
渋谷さんは、そんなボウイのアーティストとしての凄絶な生き方をただひたすら「凄い、凄い」と讃えるばかりだった。

ただのロックファンのひとりの少年に戻って彼の死を悼み、そして評論家として伝えるべき言葉をしっかりと力強く語る。

「彼は死んでしまったけど、でも僕たちにはこのアルバムがある」

曲が終わり、児島さんのロンドンレポートが入り、これで終了かな?と
油断したところで突然「HEROES」のイントロが流れはじめ、堪えていたものが一気に決壊した。

もう好きなだけ泣く。そして明日「★」を買いに行く。
渋谷さんに感謝のメールを出そう、と思ったらROのサイトにはお問い合わせフォームしかない。
そうだ、昔のようにラジオ宛に「はがき」を書けばいいんだ。

そして翌日。工場にも在庫がないという話だった「★」は無事に私の手元にやってきた。