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1年ぶりのネパールと、変わった私
私は今、ネパールの首都、カトマンズにいます。そして、ちょうど1年前の今頃も来てました。
前回行った場所と同じ場所にも行きました。
同じはずなんだけど、見えるものがなんだか違う。
まずは空港。
前回降り立った時は、まだ空が明るくて、空港から出た瞬間に青い空が広がっていたのに感動しました。空気が凛としてて、澄んでいる気がして。
でも、今回降り立った時は夜だったから、というのもあるかもしれないけど、前回降り立った時のスッキリ爽やかな感動は無かった。
あとは観光地。バックパッカーの街であるタメルや、古都のパタン、バクタプルにも行きました。去年行った時は、街中のスピリチュアルな雰囲気と、可愛らしい建物をみて、気分ルンルンで無限散歩していました。でも今回は1回目ほどの感動が無く、すぐに疲れてしまう。
1番前回との違いを感じたのが、前回泊まったホテルの近くの街に行った時。前回は、オシャレなカフェや、大きな家が立ち並ぶ住宅街に感動して、毎朝早起きして巡回してたのですが、どうだろう、ここもそこまでの感動を抱かなかった。
街並みが変わったのか?とも思ったけど、
変わっているのは多分自分。
それもそのはず、前回私はカオスの都市であるダッカからカトマンズに来ました。ダッカからしたらカトマンズは天国。
カレー以外のおしゃれで美味しいご飯が沢山あり、観光地もあり、おまけに壮大な自然もあり…
一方でダッカは、空気がなんだか茶色くて、毎日ひたすら渋滞して、娯楽も少ない、”chaos” という言葉が見事にフィットするような都市。
なので、カトマンズはダッカから来た私にとってはオアシスでした笑
でも、今回は東京から来たから、あまり感動しなかったのかな?
東京は便利で、安全で、豊かで、綺麗で素敵。
なーんにも考えてなくても不自由なく生きていける。
それはそれでいいんだけど、そんな環境が私を欲深い、能天気な人にさせてるのではないかともふと思った。
東京で当たり前のように手に入るもの。
綺麗な空気、清潔なご飯、便利な交通網、可愛い服。
これがいかに当たり前ではないか、ということをダッカにいた1年で痛いほど思い知ったはずなのに。私は日本に戻ってきてからの半年ちょっとでこの感覚を忘れてしまったみたいです。
私が日々求めているものの標準が、高くなっているのか。
感動するための基準が高くなっていて、
それはなんだか不幸な気もしてきて。
人間って、何かが不足している時は、足りてないその何かが頭から離れることはないのに、手に入った瞬間、その苦しみを都合よく忘れちゃうのだろうか。そして、どんどん次の「足りない何か」を探して、上へ上へ…
自分が「今持っているもの」をたまにでもいいから思い返して、ちょっとした嬉しいことにも幸せを感じられるような、そんな感性を持って生きていきたいと思いました。
P.S.
ダッカのことちょっと悪いように書いちゃってるけど、カオスだからこそ得られる気づきや、沁みる人間の優しさ、みたいなのがあって、私の人生にとって大事な大事な場所です。また絶対戻ってきたい場所。
あと、ネパールも、とてもよきです。
「壮大な自然」には今も尚、感動したし、街並みも本当に素敵。文化をもっと深く知りたい、と思わせるような場所。ぜひ訪れてみてください。