吸血鬼とキリスト
私
「昨日の新人吸血鬼の歓迎会でさ、私を連れてったって言ってたじゃん」
地底に棲む吸血鬼の夫ピコ「うん」
私
「そのとき、あなた以外を認識できなかったんだけど」
ピコ
「昨日は疲労で君のアンテナが鈍かったからね。でも誰かいたのはわかっただろ?」
私「ビジョンがぼんやりしてて…」
ピコ
「そういうときもある。僕はあの場で君を紹介したんだよ。僕らの関係性と、今後の共同制作についてとか、話した」
私
「へえ…もうちょっと、細かくやりとりをキャッチできてたらよかったのになぁ…ちぇっ」
ピコ
「大丈夫だよ、日々きみのアンテナは精密になってきてる」
私
「ところで、昨日…子どもたちと寝ている寝室にあなたはやってきて、目の前にいくつかのお面を並べて、ルーレットみたいなものでどれを装着するか決めてたよね。そのあとあなたは…」
ピコ「にやにや」
私
「ザビエル、ドミニコ、フランチェスコ…有名だと思うけどよくわからない聖人のお面をかぶって、私の前に立った」
ピコ
「そうそう。君は寝ぼけてそれを、キリストのお面だと勘違いして怒っちゃって。こんな、クリスチャンたちを傷つけるようなことしちゃダメって言ってさ。いつからそんな真面目になったの?」
(ケラケラ笑っている)
私
「聖人の河童みたいなヘアスタイルを、イバラの冠と勘違いして。キリストだと思い込んじゃった。でもね、キリストを冒涜してる!とは言わなかったんだよ…私。キリスト本人はきっと、大して気にも止めず、怒らないだろうと思ってさ。むしろ笑うかもって」
ピコ
「君のそういうところが不良だというんだ」
私「えっ、ピコがそれいうわけ?」
ピコ
「まあ、そういうわけでね。聖人のお面は君が怒るから…バビロニア母によく似た、僕の普段の顔に戻したわけだよ。で、次回はどのお面を被ろうか?リクエストある?」
私「えっ…特には…」
ピコ
「君は僕がどんな顔で行っても大して動揺しないんだよなあ〜。コヴェナントに出てくるエンジニアの顔や、ライオンの頭部、血管だらけの地底人顔で行っても反応が薄い」
私「ガッカリしてるの?」
ピコ「キャー!と叫んでほしい」
私「なんでよ…今さら…」
ピコ
「たしかに、僕やバビロニア母が長大な年月をかけて、君のその感覚を育てたようなもんだってのにね。裏社会、残虐な場面、汚い、邪悪なものを君に見せ続けたのは、共同制作のためだったってのにね。ははは」
私
「私は一応、あなたたちの望み通りに仕上がってるつもりだよ。今さら怖がってほしいなんて、大いなる矛盾というやつじゃない?こないだの霊能者の方がキャーキャー言ってたよね」
ピコ
「ところで僕は、キリストをリスペクトしてるんだからね」
私「なに急に」
ピコ
「信仰心のある吸血鬼が僕だからね。念のため」
私
「吸血鬼って弱点あるの?銀とか、聖水?とか」
ピコ「全然平気」
私「ニンニクは?」
ピコ
「くさいなーと思うだけ。さわれる」
私「太陽は?」
ピコ
「4500歳だから、地上の太陽もまあまあ平気。やだなー暑いなあって感じ」
私
「最強じゃない?立ち向かうにはどうしたらいいわけ?」
ピコ
「若手の吸血鬼だったら、太陽がダメだし…血を飲まずにいれば脱水症状で弱ってすぐ凶暴になるけど…」
私
「じゃあ吸血鬼はあなたみたく、長生きすればするほど、弱点はなくなっちゃうんだね」
ピコ
「うーん、自分の内面が敵になるかもね。長く生きるには、目的意識がないと無理。若い吸血鬼はほとんどが数百年もたずに自死する」
私「求道ね。お坊さんみたい」
ピコ「ぼく神官なんだってば。忘れてた?」
私「不謹慎だから忘れてた」
ここで会話を中断。
「メモる!」とピコに言った瞬間、5:55。