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その言葉はどこからきたの?

対面のお仕事をしているからか、HSPだからかはわからないんですが、目の前の人の言葉やその単語が出てくる前提の相手の世界観にすごく敏感な自分がいるな、とふと思いました。

時々、すごく気になって相手の話をつっこんでみると、経験則から生まれた言葉じゃない事がある。その度に「自分が経験していないのに、なんでわかるの」という気持ちが私の中には浮かぶ。

自分が味わってないのに、さも自分がやったかのように、なんでわかるの。

私はいつも自分の感覚から全て派生して見たり考えたりするから、範囲は狭いかもしれないけど、その分体感から学んだ事は絶対的。

だから相手の言葉に知性は感じても、体感が伴っていないものはなんだか違和感。

それは誰の言葉なのかな、誰が教えてくれた事なのかな、あなたの中から本当に出てきた言葉なのかな、と違和感。

私が聴きたいのは大衆が鵜呑みにするような話じゃなくて、目の前の「あなた」の経験や体験から腹の底から感じた何かを聴きたい。

多分そうじゃないと感動しないし心も動かない。

そんな敏感な自分に気づいた。

敏感すぎるから日々なるべく言葉にしないように、または言葉になる前に感覚で捉えて通り過ぎてしまうことが多いのだけど、やっぱり後々何かでハッと気付いて、あの時の感覚はこれのことか‥となる。

そんな自分の直感?感性?をもっと大切にしようと思ったのは、最近知人からおすすめいただいた本「シンクロちゃん」by 佐藤由美子さん のおかげ。

とっても読みやすくて、自分の気持ち全てを受容する事って結果的に世界と内面のシンクロを加速させるのね、と。

私みたいなタイプは鈍らせて生きていた方が過ごしやすいのかもしれないけど、そんな事しなきゃいけないなら、それが得意な私じゃない別の誰かがやればいい。

私の直感も心が震えて感動する瞬間も何もかも、自分がこの身体と魂と感性を今与えてもらってるから出来ることなんだから、これで遊べるのは私だけなんだから、こんな生き物がこの地球に1人くらいいても別にいいじゃない、という気持ちになった。

とりあえずシンクロちゃんがわかりやすくて素敵だったので、早速自分の気づきをメモメモ。

私にとったらFacebookが知人達との縁側なら、noteはある意味ベッドルームなのだけど、赤の他人で見ず知らずの人の方が、実は気にせずにあれこれシェアできるのかもしれないなぁと思ったり。

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