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物語にもストーリーが必要なんだと今更に気がつく

ものを語ることにもストーリーが必要なのだと、そんなことに今更気がつく。文字を描くときにもストーリが必要なのだと、そんなことに今更気がつく。ペラッペラの一枚にふかふかのストーリーを描く。作られていく物語には作りものではないストーリーが必要なのだと、そんなことに今更気がつく。















そう聞かれると、やはりそれは物語にストーリーがあるからだと答えると思う。綴られる言葉が読んでいて楽しいのも事実だけれど。多分、きっと、えっと、描かれている向こうにあなたが見えるからだと思う。

見えないのだけれど見える、そんな文字の羅列はやはり美しい。


本屋へ行ってもしっくりこない。きっとこれは最高に素敵な文章なのだろうと思いながら読むも、まったく興味がわかない。有名な?よく知られた?すごーいと世間では称賛されているような?そんな文字の塊でも、なんだかしっくりこない。

それとは違って、日々身近に読むこの世界はとても美しい。ものを語ることにもストーリーが必要なんだと気がつかせてくれる。作られていく物語にも、日常の切り抜きにも、描かれていく色彩にも「あなた」というストーリーを知りたくなる。

見えないのだけれど見える、そんな文字の羅列や色彩はとてつもなく美しい。


私のそれが未だペラッペラなのは私が未だ赤裸々ではないからだと思う。なんでもかんでも開けっぴろげにすればいいわけじゃないのだけれど。多分、きっと、えっと、私は未だ赤裸々ではないのだと思う。

あなたの本心が見えない。まるで好きを推しはかるときに使うようなセリフ。そんな感じなのだと思う。本心で本心を書く丸裸は未だ無理。

本心を可憐に上品に美しく文字で表現するとすれば、そんな文章はどんな文章なのだろう。「可憐に上品に美しく」と望む時点で、それはもう赤裸々ではないのだから本心ではないのかしら。それでも私は、自分もあなたも誰をも刺すような言葉は使いたくない。

それでもやはり読みたくなるのは誰かの何かに刺さるソレ。グサっと刺さるのも、きゅんっと刺さるのも、ぜんぶ刺さりっぱなしのソレ。


◻︎Photo by turbo1019さん

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