まともな人間性と引き換えに失恋を10年引きずる話①

最初に言っておきたいのが、私は今が決して不幸ではなく、人生の中で満ち足りて幸せとさえいえるということだ。
ここに来るまで長かった。私は成功と引き換えに今でも初めての恋人を忘れられない呪いにかかっている。

約10年前の過去の話をする。
高校卒業まで住んでいたのは田舎だった。
閉塞した何もない街で、抑圧的な両親のもとに育った。
人間関係が居心地悪い高校、そして大学受験のプレッシャーで私はすり減りきっていた。
受験に失敗して関西の私立大学にギリギリ引っ掛かった私は、両親が決めた下宿先で大学生活を始めた。

さえない気持ちのまま始まった一人暮らしだが、田舎・両親から解放され、
何もかもが目新しい街で始まった生活は新鮮だった。
しかし、もともと内気な性格、自信のなさ、大学へのいい加減気持ちから、大学は真面目に通っておらず友達もすくなかった。
田舎から出てきたばかりで服もダサく化粧っ気ゼロの写真はいまだに自分のIphoneのアルバムに残っており、たまにふと目に入ると羞恥でのたうち回ってしまう。
一言でいうと芋大学生だった。

そんな芋だったが、サークルは頑張ろうと決めており、
とあるサークルに狙いを定めていた。
それが軽音。

ギターは高校生のころからちょこちょこ弾いたり、学園祭でライブに出たりしていたものの、高校に軽音部がなかったので、バンド対するあこがれと、音楽について人と語らいたいという気持ちが、引っ込み思案な自分を動かした。

私が門をたたいたとある軽音サークルは、あとで知ったことだが、有名なところらしかった。自分の思い出を美化しているだ気かもしれないが、流行りの音楽もたまにやっていたが、どちらかというと年代問わずかっこいいバンドやマイナーバンドを発掘してのコピーや、オリジナルバンドも非常に盛んで、上手だった。
当時は確か新歓ライブで佐野元春とかAjicoとか友部正人とかをやっていた気がする。
サークルの雰囲気も、ちゃらちゃらしていないが、リラックスしていて、すごい人のオーラが皆出ているように自分には思えた。
その様な、当時の芋にはとてもとても馴染めるように思えない、とてもバンドマンらしいサークルに私は新歓ライブですっかり夢中になってしまい、「ここでかっこいいバンドをやりたい!」という意思に燃える。
(ちなみに私は新入生ライブでフォールアウトボーイとかグリーンデイとかその辺りのメロコアをやって大爆死した)

そして、ほいほい連れられて行った新歓のみ会の場で、忘れられない人と出会うことになる。

つづく。



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